学芸の小部屋

2021年12月号
「第9回:掛け花入」

 日ごとに寒くなっていく今日この頃、庭の寒椿が見頃を迎えています。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 10月以降の学芸の小部屋は、開催中の『古伊万里の御道具―茶・華・香―展』(〜12月19日)に沿って、香炉(「香」)、水指(「茶」)と連載してきました。今回は「華」の道具として花入をご紹介いたします。

 本作は、魔除けや疫病除けの神である鍾馗(しょうき)をかたどった古伊万里です。黒線で鮮明に縁取った大きな目玉や顔を覆うほどの豊かな髭、そして、手にした長い剣は鍾馗の表現の特徴で、足元には小鬼が横たわっています。



 鍾馗に関する逸話は、中国・明時代の類書である陳輝文『天中記』巻4に引用される『唐逸志』に記されています。それによれば、唐時代開元年間(713〜741)、玄宗皇帝は病に伏せっていました。ある晩、悪夢の中に小さな邪鬼が現れて香嚢や玉笛を盗もうとしたため、兵士を呼ぼうとしたところ、大きな鬼が出てたちまち小鬼を退治します。驚いた皇帝が誰何すると、大鬼は鍾馗と名乗り、かつて科挙に失敗して宮中で命を絶ったところ、手厚く葬られたことに恩義を感じて現れたのだと答えました。夢から覚めると皇帝の病は快復していたので、画工・呉道子に命じてその姿を描かせたと言います。また、宋時代の随筆集である沈括『補筆談』には、上記の逸話に続いて、鍾馗の図像を以て歳暮には邪魅を払い、妖気を静めるようにとの言葉が皇帝の評語として掲載されるほか、熙寧5年(1052)には天子から近臣に印刷された鍾馗の図像が配られ、この年の除夜に東西両府でも給賜されたともあります。

 日本においても鎌倉時代の『辟邪絵』中に、「瞻部洲のあひだに鍾馗となづくるものあり、もろもろの疫鬼をとらへてその目をくじり、躰をやぶりてこれをすつ。かるがゆへに、ひと新歳にいゑを鎮するにはこれがかたをかきてそのとにおす」とあることから、鍾馗図と言えば年末年始の風俗であったようです。しかし、江戸時代中期には端午の節句の幟の題材として好まれるようになるとされ、次第に端午の季節に馴染みが深いものとなっていったのでしょう。そのほか、江戸時代の18世紀以降は浮世絵の画題としてもしばしば取り上げられていますので、馴染みのある神様として広まっていった様子がうかがえます。

 さて、改めて本作を見ますと、鍾馗の力強い表情は、絵付けのみならず眉から目玉、歯などの丹念な凹凸によって作られていることがわかります。踏みしめている地面も、無数の凹凸によって荒々しい岩肌のよう。岩壁の間からは松が生じ、貼り付け技法による丸い松葉がさらに立体感を高めています。本作のおおよその器形は型に押し当てて成形したものですが、二体で松葉の色が青と緑と異なり、また、別途貼り付けた松樹や松葉の形状も同一ではありません。さらに、これら二体の他にも同意匠で若干姿形の異なる作例もあるので、元々は単体であったものが後に一緒に保存されるようになったのではないかと推測されます。



 表側は複雑な形状でありますが、掛け花入であるので、掛ける場所と接する裏面はいたってシンプル。平面的かつ彩色は無く、上部に花釘に掛けるための小さな穴が空けられています。



 それにつけても、掛け花入と言うと竹や籠など落ち着いた風情のものが思い浮かび、本作のような勇壮な作例は意外性が感じられます。実は、本作が製作されたと推測される18世紀は、抛入(なげいれ)と呼ばれる形式に捉われないいけばなが流行した時代。自由である分かえって難しく、むしろ花器の面白さ、あるいは花器と花の取り合わせの妙が追及された時代でもありました。当時の一風変わった花書として、桶や釜などの日常使いの器物に花を生ける様子をあらわした渾沌子『挿花故実化』(1778)や、「博多胡麻」と称して釣り花入に独楽に芯を通して吊るしたいけばなパロディーを掲載する蓬莱山人『抛入狂華園』(1770)なども挙げられます。



 本作は江戸時代の鍾馗信仰の広まりを背景に、いけばな界に吹いた自由な気風があって生まれた花入であると言えるでしょう。いざ実際に使うとなると、どんな花材を合わせようかと躊躇してしまいますが、かえって江戸時代の人々の感性の懐の深さに感じ入ります。

(黒沢)


【参考文献】
・主婦の友社編『いけばな総合大事典』同1980
・梅原郁『東洋文庫403 夢渓筆談3』平凡社1981
・MOA美術館『特別展 いけばな美術展図録』同1986
・野口鐡郎ほか編『道教事典』平河出版社1994
・西野春雄・羽田昶『新訂増補 能・狂言事典』平凡社1999
・永尾龍造『アジア学叢書87 支那民俗誌 第一巻』大空社2002
・下中直人編『世界大百科事典 改訂新版』平凡社2007
・京都府京都文化博物館ほか編『特別展 いけばな 歴史を彩る日本の美』同2009
・野崎誠近『吉祥図案解題―支那風俗の一研究―』ゆまに書房2009


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