学芸の小部屋

2022年1月号
「第10回:染付 鳳凰文 皿」

 あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。

 2022年1月7日(金)より『古伊万里幻獣大全展』を開催いたします。瑞兆として尊ばれた龍や鳳凰、麒麟などの幻獣、虎や鶴など破邪招福の動物に注目して古伊万里約80点をご紹介する展覧会です。

 1月から3月の学芸の小部屋では本展に入れられなかった作品をご紹介していきます。今月の作品は「染付 鳳凰文 皿」(図①)。鐔縁と見込の周囲を太い染付の圏線で囲み、中央には羽を大きく広げた鳳凰が描かれた中皿です。本稿では、ここに描かれている鳥を「鳳凰」と定めるまでの検証過程をお話ししていきます。



 文様を見分けるには、そのものの特徴を抽出していく必要があります。とはいえ、鳳凰はそもそも想像上の霊鳥。大きな胴部や複数たなびく長い尾羽、猫の様な半月状の鋭い瞳、鶏のような立派な鶏冠を持つといった、大枠の特徴は見られるものの、細部については絵画や工芸品ごとに異なり、見解の一致をみていません。伊万里焼にあらわされた鳳凰の姿については当時輸入されていた中国陶磁からの影響や、注文主の好み、流行の着物の文様など多種多様の事情が考えられますが、ひとまずは前述の特徴をおおよそ捉えています。ただし、細部は作品によって様々。特に尾羽は大きく分けて2つの様式が確認できます。 ひとつは、孔雀の羽根のような目玉模様を尾羽の先端にもつタイプ。もうひとつは縁が波打った尾羽をもつタイプです(図②)。何れも17世紀前半から確認できますが、後者においては17世紀後半以降の海外輸出向けの色絵磁器(柿右衛門様式)にしばしば見られる傾向があります。


 本作に描かれた鳥の特徴は、大きな羽を広げた堂々とした体つきに細長い足、孔雀のような目玉模様が先端にあらわされた尾羽、冠羽を持つなど(図③)。全体の姿形や頸から胸元にかけての鱗模様などは伊万里焼にしばしばみられるマクジャクの描き方を想像させます(図④)。加えて、羽の毛並みを細い線描きと薄濃(うすだみ)で描いている部分は、実際の孔雀の羽根のふさふさとした質感を想起させる描きぶりです。ただし孔雀のように幾重にも重なって生えていません。さらに鳥の足下に注目すると、岩の上に丸い実がついた葉のようなものが確認できます。葉の形や実との組み合わせからこれを桐とみるならば、梧桐に棲むとされる鳳凰とするのが自然でしょう。



 同様に目玉模様を尾羽の先端にもつタイプに当館所蔵の 「瑠璃釉染付 桐鳳凰文 鉢」(図⑤)があります。桐と鳳凰とが組み合わされて描かれており、尾羽や両翼の表現、鳳凰の立ち姿が似通っています。


 伊万里焼に登場する鳥は実在の有無を問わず多種多様。鳳凰をはじめ鶴や鷺、孔雀などの特徴を備えたものから、小鳥や鳥としか言いようがないものまで幅広く描かれています。それぞれ見分けの難易度が異なり、特に波打つ尾羽をもつ鳥が鳳凰か、尾の長い鳥か(※本稿では便宜上「尾長鳥」と称します)という判別にはいつも頭を悩まされます。「色絵 花鳳凰文 皿」(図⑥)のように、ひとつのうつわのなかで両者を明確に描き分けている作例から特徴を抽出したり、絵画や他の工芸品の表現を参照したりして判別していきます。例えば尾の形状の違い。尾長鳥は、すっとまっすぐに伸びた尾を沢山持っていることが特徴で、一見すると鳳凰と非常によく似ています。また、尾長鳥も、尾羽の2本だけが長くて目玉模様がついたものや、冠羽が尖っているもの、そのいずれも持ち合わせていないものなど様々。おそらく前2つの特徴は山鵲(さんじゃく)を意識して描かれたものなのでしょう(図⑦)。ただし、体の特徴は山鵲とはほど遠いことが多く、尾長鳥の中に様々な鳥のイメージが内包されている点に注意が必要です。また、限りなく尾長鳥に近い鳳凰も見られますが、そうした場合は桐や瑞雲といったモチーフの組み合わせの有無も参照していきます。

 以上のようにやきものに描かれた鳥を特定する際にはまずは姿形の特徴を抽出します。特に鳳凰などの伝説上の鳥は他のモチーフとの組み合わせにも注目しながら比定していきます。しかし、17世紀後半頃には、桐と孔雀とが共にあらわされた作例もあり、モチーフの組み合わせが合致しないことも。もはや鳳凰を表現する際の決まり事があまり定まっていなかった、あるいはそれぞれの鳥が内包する吉祥意を少しずつ取り込んだために、様々な鳥の特徴を捉えて描かれた可能性も考えられるでしょう。現代において文様を判別する際にはとても困る現象ではありますが、裏を返せば、江戸時代の人々は定形に囚われることなく、自由にモチーフを楽しんでいたと言えるのではないでしょうか。うつわをじっと見て、描かれた文様を解き明かす。そんなうつわに親しむ時間が江戸時代の食事や宴の席にもあったのかもしれません。

(小西)



【参考文献】
出石誠彦「鳳凰の由来について」(『東洋学報』19-1 pp.126-143 東洋文庫)1931
『特別展 吉祥 中国美術にこめられた意味』東京国立博物館 1998
野崎誠近 著 監修・解説 宮崎法子『吉祥図案解題―支那風俗の一研究―』ゆまに書房2009
髙須奈都子「近代の『きもの』図案にみる鳳凰模様の展開 : 立命館大学アート・リサーチセンターの資料を中心に」(『アート・リサーチ』18 pp.25-38 立命館大学アート・リサーチセンター)2018

デジタル資料
寺島良安『和漢三才図会』1712年序 文化7年版 国立国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2569726?tocOpened=1)

画像資料
ColBase (https://colbase.nich.go.jp)


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