学芸の小部屋

2022年5月号
「第2回:前期の鍋島焼」

 庭の木々の新緑が目に鮮やかです。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 今月の学芸の小部屋は、開催中の『開館35周年記念特別展 鍋島焼―200年の軌跡―』より、前期の鍋島焼に注目してご紹介いたします。当館では、鍋島様式の完成した17世紀末期から18世紀初頭の作例を盛期鍋島と位置付け、それよりも前に作られた17世紀後半の鍋島焼を前期鍋島としています。鍋島様式とは、盛期鍋島の皿鉢類にとくに顕著に見られる、絵具の色数や輪郭線の色、形状、大きさ、裏面や高台の文様などの特徴を指します(表1)。前期鍋島では、こうした鍋島様式の要素が部分的に見られる一方で、より幅広い技法を用いて製作に取り組んでいる様子がうかがえます。



 「瑠璃銹釉染付金銀彩 草子形皿」(表2)は、糸切り成形と呼ばれる、型を使った成形技法によって、草子の形に作った小皿。表紙をめくっている途中で時を止めたような、面白い造形です。茶色に見える銹釉部分が表紙にあたり、めくった見返し部分は磁肌の白をそのまま活かしています。表紙部分はあらかじめ型に施しておいた凹凸によって紗綾形文を陽刻し、綴じ糸は銀彩で表現。本紙部分は深い紺色を呈した瑠璃釉の地に、金彩で罫線を引いています。糸切り成形、陽刻による装飾、銹釉や瑠璃釉の使用、金銀彩の絵付けが、後の盛期の鍋島様式には見られない前期ならではの技法と言えるでしょう。

 金銀彩も使用した鍋島焼の中でも比較的珍しい作例ですが、大川内山の日峯社下窯跡(註)から同様の器形の陶片が出土しており、前期鍋島に位置付けることができます。陶片は白磁で絵付けは施されていませんが、本作では裏面に丁寧な菊唐草文を四方に配置し、高く作った高台には鋸歯文をめぐらせています。日峯社下窯跡の出土品には、本作のように高台が高く、また丹念に裏文様や高台文様を描いた皿類が少なくありません。こうした特徴は、盛期鍋島にも共通する要素です。



 「色絵 牡丹形皿」(表3)も、糸切り成形によって葉を伴う牡丹花そのものの形に作った小皿。型に施した凹凸によって、花弁の重なりや一枚一枚のゆるやかなひだを立体的に表現しています。堆線(ついせん)という白泥を盛り上げる技法によると思われる繊細な花脈、中心から次第に淡くなるようにグラデーションにした青色によって、牡丹花が柔らかくほころぶさまをあらわしています。葉を主に緑色で塗りつぶし、葉先に少々黄色を挿す配色は、後の盛期鍋島で定番化しますが、本作は黒による輪郭線が前期鍋島らしいところ。全体的に寒色系の色が広面積を占めていますが、花弁の輪郭線を赤色で引くことで華やいだ印象に。赤色以外で塗りつぶす部分を赤色の輪郭線で引くのも、盛期の鍋島様式ではあまり見られなくなってしまう、前期鍋島でとくに多用される表現です。なお、裏面・木蓮折枝文や高台・櫛目文も、細部の多少の表現の違いは認められるものの、日峯社下窯跡と大川内鍋島藩窯跡の両方の出土品に類例があります。



 「色絵 七宝菊文 稜花皿」(表4)でも、狭間にのぞく菊文は染付による青色の輪郭線であらわしていますが、周囲の七宝文はすべて赤色の輪郭線を使用。陽刻による葉文を赤線で繋いで七宝形に繋いでいます。そのためでしょうか、磁肌の色は青味の少ない優しい白色に見えています。本作は鍋島焼には珍しく口縁にも赤色を塗っていますので、より明るく感じるのかもしれません。陽刻技法の使用や浅い器形が前期鍋島の作風を呈していますが、皿自体の口径は約21センチと盛期鍋島の七寸皿に近い規格であり、高台も高いなど、徐々に鍋島様式へと近づいている様子がうかがえます。なお、本作のような陽刻葉文による七宝繋ぎ文を持つ稜花皿の染付小片も大川内鍋島藩窯第Ⅳ地点から出土しています。

 前期の鍋島焼においては、高台文様をめぐらせた高い高台や、規則的に配置した裏文様、精緻な線描や丁寧な濃など、盛期の鍋島様式に通ずる特徴が部分的にあらわれています。その一方で、個々の作品を見ていくと様々な技法の使用が確認できます。今回ご紹介した作品では、糸切り成形や陽刻による装飾、金銀彩、堆線、赤色や黒色の輪郭線の使用など。こうした技を活かしながら意匠を模索し、徐々に鍋島様式が確立されていったと考えられます。今展では盛期鍋島を中心にしておりますが、前期鍋島も二十点弱出展しておりますので、鍋島様式完成までの道のりで残された、創意あふれる前期鍋島もご覧ください。
(黒沢)


(註)大川内山の藩窯としては1670年代から幕末にかけて鍋島焼を製作した大川内鍋島藩窯が代表的であるが、近年注目を浴びているのが日峯社下窯。文献上にその名は登場しないものの、大川内鍋島藩窯の比較的古い作例との共通性が認められる上質の磁器を焼成したことから藩窯の可能性が指摘されている。稼働年代は1650年代後半から1670年代と推定されている。

【参考文献】
・鍋島藩窯研究会『鍋島藩窯―出土陶磁にみる技と美の変遷―』同2002
・サントリー美術館編『誇り高きデザイン 鍋島』同2010
・関和男編『改訂版 初期鍋島』創樹社美術出版2010
・近世陶磁研究会『江戸時代に佐賀藩が特別誂えした鍋島焼の特質』同2022


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