学芸の小部屋

2022年7月号
「第4回:盛期鍋島と流行文様」

 東京は異例に早い梅雨明けとなりました。暑い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。今月の学芸の小部屋は、開催中の『開館35周年記念特別展 鍋島焼―200年の軌跡―』より、盛期鍋島に含まれる涼を運ぶ意匠に注目してお届けいたします。

 まず、ご紹介いたしますのは「染付 水車文 皿」(図1)。丸い器形にぴたりと合わせて水車(みずぐるま)を嵌め込んだ大胆な構図です。染付による青色の濃淡を使い分けながら表現した、飛沫をあげてうねる波が涼しげで、鐔縁(つばぶち)とした口縁部にのせた青磁釉の色合いも清爽な作品です。



 水車は奈良時代頃に日本へ伝播し、平安時代から文様として取り上げられるようになったとされています。漆器や金工品のほか、17世紀の伊万里焼にも採用されました。

 鍋島焼では、伊万里焼から意匠のヒントを得ていたことが、元禄6年(1693)に二代佐賀鍋島藩主鍋島光茂から当時大川内鍋島藩窯を管轄していた有田皿山代官へ出された指示書「有田皿山代官江相渡手頭写」から知られています。7条からなる内の1条には、次のようにあります。「献上之陶器、毎歳同シ物ニ而、不珍候条、向後、脇山江出来候品、時々見合、珍敷模様之物、於有之ハ、書付を取、其方江可差出候(後略)」(註)。つまり、献上の陶器(=鍋島焼)が毎年同じもので珍しくないので、今後脇山(=大川内鍋島藩窯以外の窯)で作られた品(=伊万里焼)を見て、珍しい文様のものがあれば書き付けを取って有田皿山代官へ差し出させるように、とのこと。伊万里焼の珍しい文様を描き留めて提出させ、鍋島焼の意匠に採り入れていたのです。

 この条文には、続いて「当世ニ逢候様ニ、仕立可申事」、つまり、「当世」に合うように仕立てるべきこと、ともあります。単に「珍しさ」だけが求められたのではなく、「当世」風、つまり今時の意匠であることも重視されていました。

 当時の流行意匠をうかがい知ることができ、鍋島焼とのモチーフの共通性が度々指摘されているものに小袖雛形本があります。これは、木版印刷による本で、様々な着物の意匠を収録したデザインブックのようなもの。寛文年間(1661~1673)頃から幕末まで随時刊行され、現存するだけでも百数十種以上に及ぶとされています。

 盛期鍋島に近い年代の小袖雛形本の中から水車の意匠を探してみると、『御所雛形』(延宝2/1674)や、『新板小袖御ひいなかた』(延宝5/1677)、『御雛形万女集』(延宝・天和頃/1673~1684)、『諸国御ひいなかた』(貞享3/1686)などに確認することができました。中でも『新撰御ひいなかた』(延宝9/1681カ)は上下二巻からなる小袖雛形本ですが、4パターンもの水車の意匠が掲載されています(図2)。



 水車は室町時代から宇治の景色のひとつとしてあらわされるようになり、加えて、江戸時代には名所絵としての宇治図と『源氏物語』第51帖「浮舟」が結びついていた、という指摘もあります。水車文が名所絵の一部として、あるいは、源氏物語を想起させる流行の意匠として広まっていたのでしょう。波に水車の意匠は、雁金屋呉服関係文書のうち、万治4年(1661)や寛文3年(1663)に東福門院およびその関係者から受けた注文を記した『御画帳』にも確認でき、武家の間でも採用されていた意匠であったことがうかがえます。

 「染付 水車文 皿」は、伊万里焼をはじめ他の工芸品や小袖雛形本などに採り入れられていた水車というモチーフを、当時の好みに即しているとして選択し、磁器の文様として再構成したものと言えるでしょう。木盃形という鍋島焼に特徴的な丸い器形に合わせて嵌め込んだ構図のセンスは並大抵ではありません。

 続いても、水にまつわる文様を見ていきましょう。色絵の尺皿である「色絵 十七櫂繋ぎ文 皿」(図3)で、上絵の赤・黄・緑で賦彩した17本の櫂を見込に散らした意匠です。白地と墨弾きによる青海波文の帯を交互に配した背景も見目に涼やかな優品です。



 鍋島焼では、櫂を主題とするのは大変珍しく、現時点で他に作品を確認できていません。金工品や他の陶磁器には若干の櫂のモチーフが確認できたものの、伊万里焼に関しては水辺の景色などを構成する一部として櫂を描く場合はありますが、そのものを主題とする意匠は菅見では見当たりません。

 そこで、寛文年間(1661~1673)から享保年間(1716~1736)前半に刊行された小袖雛形本をあたってみたところ、『新板小袖ひいなかた』(延宝5/1677)や『諸国御ひいなかた』(貞享3/1686)などに、舟をはじめ他のモチーフとの組み合わせではありましたが、複数本の櫂を大きく主題としてあらわした例を確認しました。このうち、『御所雛形』(延宝2/1674)を見てみましょう(図4)。



 5本の櫂を片側に寄せて配置し、舵を袖から袖へと並べています。櫂の長さはそれぞれ変えており、中々に思い切った意匠です。

 このほか、『御所雛形』には「舟の帆」の意匠も掲載されています。そこには「色絵 十七櫂繋ぎ文 皿」とも近い表現の縄も見えます(図5)。



 これらの小袖雛形本を見るにつけ、櫂のモチーフもやはり当時の流行文様のひとつとして選択されたと言えそうです。ちなみに、『新板小袖ひいなかた』には櫂と柴舟(しばふね)があらわされた意匠が含まれていますが、柴舟も『源氏物語』第51帖「浮舟」に登場しており、宇治の景のひとつとしてもしばしば見られるモチーフです。「色絵 十七櫂繋ぎ文 皿」は、櫂と縄と青海波の3つのモチーフだけで構成していますので、源氏物語や宇治の景を意識していたかどうかは現状明らかではありません。鍋島焼全般に言えることですが、モチーフを絞り込んで明快にあらわした作例が多く、どこまでのイメージを内包しているのか判断するための材料に乏しいのです。ただし、少なくともこの3つのモチーフから「舟」を連想させ、海原へ漕ぎだしていくような雄大さを備え、これからの季節に相応しい涼感を感じさせてくれる意匠と言えるでしょう。

 元禄6年の「有田皿山代官江相渡手頭写」にあるように、盛期鍋島では「珍しさ」と「当世」風を追求した意匠が数多く生み出されました。現代においてもなお色褪せない魅力をもった鍋島焼の意匠をご堪能いただければ幸いです。
(黒沢)


(註)伊万里市史編さん委員会『伊万里市史 陶磁器編 古唐津・鍋島』伊万里市2006 638頁より

【参考文献】
・鍋島藩窯調査委員会『鍋島藩窯の研究』平安堂1954
・山辺知行『小袖模様雛形集成』第1巻 学習研究社1974
・長崎巌監修『きもの文様図鑑』平凡社2005
・サントリー美術館『誇り高きデザイン 鍋島』2010
・塚本瑞代『雁金屋御画帳の研究 小西家伝来尾形光琳関係資料にみる小袖文様』中央公論美術出版2011
・三井文庫 三井記念美術館『日本美術にみる橋ものがたり―天橋立から日本橋まで―』2011
・長崎巌「江戸時代における呉服注文の具体的プロセスに関する研究」『共立女子大学家政学部紀要』63 2017


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