学芸の小部屋

2022年8月号
「第5回:古伊万里のワインジャグ」

 夏の日差しがまばゆいばかりですが、いかがお過ごしでしょうか。当館では7月29日に『開館35周年記念特別展 古伊万里西方見聞録展』(~11月6日)が開幕しました。輸出時代の伊万里焼を中心に約80点を展示しております。今月の学芸の小部屋では、出展中の伊万里焼のうち、海外輸出を機に製作されるようになった器種をご紹介いたします。

 「染付 山水文 水注」(図1)は、ワインジャグと考えられている水注の一種。球状の胴部から細い頸が伸び、カップ状に開いた口部は端を小さな嘴状に尖らせてあります。注口と反対側には、口部から胴部にかけて平たい紐状の把手が貼り付けられているのが特徴です。轆轤(ろくろ)成形による細口の瓶は17世紀前半にも製作されてきましたが、注口や把手を伴うこのような形状は輸出時代を迎えてはじめて登場します。

 ワインを日常的に飲用する西欧において、ワインジャグは欠かせない酒器でした。元々塩釉陶器やデルフト陶器、金属器で作られており、伊万里焼のワインジャグはそれらを手本にしたと推測されています。オランダ東インド会社の長崎商館の記録のうち、西欧向けの輸出の最初の年とされる1659年の11月4日の貿易品の「送り状」によれば、「見本に従った新しい磁器」108個のうち、「wijn kannetgens」(ワイン用水注)が14個含まれていました。その後も、1673年や1677年、1679年の「送り状」や「仕訳帳」に「winjkannen」(ワイン用水注)の文字が見られます。西欧向けの輸出の初期段階から、オランダ東インド会社の意向で注文製作されていたのでしょう。

 しかし、西欧においては次第にワイン容器としてコルクで密栓したガラス瓶が用いられるようになると言います。伊万里焼のワインジャグは結局、1660~90年代という比較的短期間で製作が終了してしまいました。ただし、その短い期間の中でも、染付も色絵もあり、文様も様々で、かつ形状にも若干の変化が見られますので、本作をもう少し詳しく見ていきましょう。



 まずは絵付けから。胴部の三方に設けられた木瓜形の窓内に、それぞれ異なる山水文があらわされています(図2)。鷺をはじめ複数種の鳥が描かれた窓、花木の下で犬を連れて歩く中国風の人物、日の光を浴びながら羽ばたいたり佇んだりする鳥達など、どの面も小さな窓内に丁寧に文様が描き込まれています。微妙な濃淡を付けながら施された濃(だみ)が一層風情を醸し出していると言えるでしょう。とくに、山裾や水面部分の繊細なぼかし濃は、延宝年間(1673~81)頃に多用される表現です。



 胴部窓外には花唐草文、頸部には別の図様の花唐草文、外面口縁下には如意頭文と、上から下まで文様で細やかに埋め尽くされています(図3)。把手部分には、延宝年間から元禄年間(1688~1704)頃にしばしば見られる、縁を白く残して内側を塗りつぶした梅風の花唐草文があらわされています。



 続いて、形状にも注目してみます。西欧にて伝世するワインジャグには、金属製の蓋が取り付けられているものが少なくありません。古い作例として1666年の銘が刻まれた銀製蓋を伴う染付のワインジャグの存在が指摘されているほか、色絵の作品にもヨーロッパで付けられた銀製蓋に1671年の銘が刻まれたもの(図4)がよく知られています。ちなみに、本作でも蓋が取り付けられるように素地に穴を開けていたようですが、焼成時に釉薬が詰まってしまい貫通はしていません(図5)。



 把手部分の形状に注目すると、基本的に平紐状ではありますが、1671年銘蓋を伴う「色絵 雲文 水注」や1666年銘蓋の作例など、比較的古い一群は、胴部との接合部が小さく外側に巻かれています。このほか、相対的に古いとされる一群には、口縁部のカップが深めで胴裾のくびれが強いなどの特徴を有するタイプもあります。一方で、「染付 山水文 水注」は平紐を胴部に貼り付け、端を三角に切り落としたシンプルな形状。先に述べた絵付けや文様と勘案しても、本作はやや遅れて登場したタイプであると推定されます。



 伊万里焼のワインジャグは、西欧からの注文に応える形で、1660年代から90年代に掛けての短期間に作られた器種でした。その中でも造形や絵付けに多少の変化が見られます。今展では、このほかにもティーポットやワインカップなど、輸出時代ならではの器種・器形の作例も多数出展しております。東西文化の交錯した時代を古伊万里からご覧いただければ幸いです。

(黒沢)



【主な参考文献】
・Soame Jenyns “Japanese porcelain” London: Faber, 1965
・出光美術館『陶磁の東西交流』同1984
・西田宏子ほか編『ヨーロッパに開花した色絵磁器 柿右衛門展』朝日新聞社1993
・櫻庭美咲、フィアレ・シンシア編『オランダ東インド会社貿易史料にみる日本磁器』九州産業大学21世紀COEプログラム柿右衛門様式陶芸研究センター2009
・佐賀県立九州陶磁文化館監修『欧州貴族を魅了した古伊万里―蒲原コレクション―』有田町教育委員会2008
・佐賀県立九州陶磁文化館『古伊万里の道』同2000
・サントリー美術館ほか編『IMARI/伊万里 ヨーロッパの宮殿を飾った日本磁器』読売新聞社2014


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