学芸の小部屋

2022年12月号
「第9回:青花 花果文 輪花鉢」

 大雪に向かい寒さの募る今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。現在、当館では『開館35周年記念特別展 戸栗美術館名品展Ⅱ―中国陶磁―』(~12月29日)を開催中です。新石器時代から清時代までの約80点のコレクションを、15年振りに一挙公開しております。このコレクションを築いた当館創設者 戸栗亨が愛好していたのは景徳鎮官窯の作品で、とりわけ熱を入れて収集したのが明時代前期にあたる永楽年間および宣徳年間の青花でした。これらは古来評価の高い一群で、古くは王世懋『窺天外乗』(万暦17年/1559)に「永楽、宣徳間内府焼造、迄今為貴」(永楽、宣徳年間の宮廷用の磁器は今日になっても貴い)、『陶説』(乾隆39/1774)に「論青花宣青為最」(青花を論ずるならば宣徳年間のものが最も良い)などと記されています。今月の学芸の小部屋では、宣徳年間の官窯青花「青花 花果文 輪花鉢」(図1)を例に、当該期の青花の特徴を、意匠面も含めてご紹介いたします。



 まずは、形状や磁肌、発色などを見ていきましょう。
 本作は小さな高台から僅かな丸みを帯びながら広がる形状の鉢。口縁部の6ヶ所に刻みが入った輪花形を呈しています。全体に薄く削り出されており、手取りはごく軽い、シャープな造形です。
 磁肌は微かに青味を帯びていますが、釉薬の表面には明時代前期にしばしば見られる「柚子肌」(ゆずはだ)または「橘皮文」(きっぴもん)と呼ばれる凹凸があらわれており、柔和な表情を見せています。橘皮文とは、焼成中に素地や釉薬から発生したガスが抜けた痕であり、あたかも柑橘類の肌のような凹凸であることからその名が付けられました。この微細な凹凸により光沢が抑えられ、落ち着いた雰囲気に見えています。
 白い磁肌に対して、文様は青花技法(酸化コバルトを呈色剤とした呉須顔料を用いる下絵付け技法)による鮮やかな青色。この時代の良質なコバルトは「蘇麻離青(そまりせい)」と呼ばれる西方からの輸入品であり、鮮明な青色が得られます。
 また、宣徳年間の作例で極めて重要であるのが、紀年銘の定番化。本作にも底裏の二重圏線内に二行書きで「大明宣徳年製」の6字が記されています。こうした紀年銘は永楽年間の白磁などには見られますが、本格的に使用されるようになるのは宣徳年間のこと。以降、この種の6字の紀年銘は官窯品に記されることとなりました。



 次に、意匠に注目いたします。
 見込中央の三重圏線内にあらわされているのは桃の折枝文(図2)。折枝文は北宋時代以降絵画において登場するとされ、陶磁器でも表現されるようになりました。永楽年間以降の青花には植物文様が多用されると言い、唐草文や折枝文などとして表現される例も少なくありません。また、桃は長寿の象徴であり、中国美術では頻出の文様です。中央の桃を取り囲むように配置されているのは、12時の方向から時計回りに蓮、牡丹、蓮、菊、蓮、薔薇と、蓮のほか3種の折枝文。蓮は豊穣や子孫繁栄、清廉、牡丹は富貴、菊は長寿、薔薇は長春の象徴であり、それぞれ吉祥意を有する植物です。こうした季節の異なる花卉を取り合わせる意匠は四季花(しきか)と言い、常に花の絶えない様をあらわすとされます。永楽・宣徳年間の青花でしばしば見られるもので、匂いやかなこの時期の青花の趣にぴったりの意匠と言えるでしょう。



 続けて外側面を見ていくと、様々な吉祥意を内包した四季を彩る花果の意匠をさらに楽しむことができます(図3)。上下二段に分け、上段には6種の果実文、下段には6種の花卉文があらわされています。先に下段の花卉文から確認すると、12時から方向から時計回りに蓮、菊、椿、海棠(かいどう)、牡丹、薔薇。椿は春光を、海棠は牡丹や白木蓮と取り合わせて「満堂富貴」や「玉堂富貴」を寓意し、富裕や富貴を象徴する画題とされます。上段の果実文の折枝文に目を移すと、1時の方向から時計回りに枇杷(びわ)、桃、柿、茘枝(れいし/ライチ)、葡萄、柘榴(ざくろ)が描かれています。茘枝や葡萄、柘榴は数多の実を結ぶところから子孫繁栄の象徴とされる果実。枇杷は秋の蕾に冬の花、春に実が成り夏に熟すため四季の気を備える吉祥果とされ、柿は寿命が長く、立派な実が成るなど7つの徳があるとされます。
 このように、本作の内外にあらわされた花果文は四季が揃い、また、各々が吉祥意を内包しています。絶えない慶祝の雰囲気に満ちた、宮廷用として相応しい磁器であると言えます。

 以上、ご紹介いたしましたように宣徳年間の青花は、端正な造形や、橘皮文の浮かぶ柔和な白地に映える鮮やかな青色が特徴です。「大明宣徳年製」銘により定番化した紀年銘は、以後にも受け継がれる官窯品の重要な要素となりました。意匠の面では、永楽年間から引き続き折枝文や唐草文などとして四季花が多くあらわされ、余白を活かしながらの優美な文様構成が見られます。本作に表現された各々吉祥意を有した四季折々の植物を取り合わせた花果文は、端正な筆致や規則的な配置と相俟って格調高い趣を醸しています。内政の安定に努めたことで、後世からは「仁宣の治」と讃えられる宣徳年間の気風がうかがえるようです。「良いやきものは平和の産物」という言葉を当館創設者は残していますが、この時期の作例はまさに安定した時代が生み出した結晶であると言えるでしょう。

(黒沢)


【主な参考文献】
・大阪市立美術館編『明清の美術』平凡社1982
・東京国立博物館編『吉祥―中国美術にこめられた意味』同1998
・国立故宮博物院編輯委員会編『明代宣徳官窯青華特展図録』国立故宮博物院1998
・国立故宮博物院編輯委員会編『故宮蔵瓷大系 宣徳之部 上』国立故宮博物院2000
・野崎誠近『吉祥図案解題 支那風俗の一研究』ゆまに書房2009
・葉喆民著『中国陶磁史』科学出版社2019


Copyright(c) Toguri Museum. All rights reserved.
※画像の無断転送、転写を禁止致します。
公益財団法人 戸栗美術館