学芸の小部屋

2023年2月号
「第11回:鎬手」

 厳しい寒さの中にも花々の彩りに春の訪れが感じられるようになってきました。皆様、いかがお過ごしでしょうか。当館では先月より『開館35周年記念特別展 初期伊万里・朝鮮陶磁』(~3月26日)を開催しております。展示室の中にも梅樹や蕪、雪持ち笹など時宜にかなった文様の作品を散りばめていますので、是非お楽しみください。

 今月の学芸の小部屋でご紹介するのは、出展中の初期伊万里から「染付 梅樹山水文 瓶」(図1)。全体に末広がりの形状とし、胴部に染付で梅樹文と山水文、肩部には唐草文をあしらっています。わずかに傾いだ肩から頸、厚い素地に掛かるぽってりとした釉薬、絵付けの自由闊達な筆遣いに初期伊万里らしさが滲む作品です。また、厚手に挽いておいた器胎を、畝(うね)を残しながらヘラで削り出していった胴部の形状は「鎬手(しのぎで)」または「竪筋形(縦筋形/たてすじがた)」と呼び慣わされる、初期伊万里の瓶や碗類にしばしば見られる造形です。今回はこの「鎬手」に注目して見ていきましょう。



 「鎬」とは、本来刀剣の名所(などころ)のひとつで、刀身の刃と棟(むね)との間を縦に走る稜線のこと。転じて、陶磁器における「鎬文」は、ヘラで器面を掻き取ってできた稜線による意匠を指し、古くは宋~元時代の中国の青磁や白磁などに見られます。

 日本では、ヘラを用いた造形や施文の手法は、桃山時代に備前焼や信楽焼などの茶椀や水指、花入といった茶陶にて発達しました。やや遅れて登場する唐津焼においても、半筒形の茶碗にヘラで文様を彫り込んだ作例(図2)が見られます。日本初の国産磁器である伊万里焼は陶器との併焼からその歴史が始まりますが、その陶器は佐賀・唐津の岸岳周辺で製作された唐津焼の系譜を引いていると考えられており、唐津焼と伊万里焼のヘラによる施文技術との関係性が注目されます。



 ヘラによる施文の例は上記のように日本産の陶器に確認でき、中には鎬文とする例もあるものの、本作のような「鎬手の瓶」となると国産陶器では中々祖形が見出せません。そもそも、肩に稜線をつけて胴裾に膨らみを持たせる瓶の形状自体が伊万里焼で創案されたとの説もあります。

 対して、日本の茶人たちからの注文が示唆され、また、伊万里焼がしばしば意匠の見本ともしている中国・景徳鎮窯で崇禎年間頃(1627~44)に製作された祥瑞(しょんずい)の中には、ヘラではなく型による施文とされていますが、胴部に鎬文をめぐらせた瓶が存在します。また、瓶以外に碗にも胴下半部に鎬文を施した作例が見られます。伊万里焼にも鎬文の碗類(図3)の存在が認められ、年代観も近いことから、磁器では鎬文は人気の意匠であったことがうかがえます。



 ただし、鎬文と言えども、本作のように畝を残しながらはっきりと面を削り出す鎬手の瓶の形状は、同時代の景徳鎮窯の青花磁器(染付磁器)とは多少異なる表現です。幅広の面を持つ鎬文も、瓶そのものの形状と同じく伊万里焼の創案、あるいはほかの素材の器物から得た発想であった可能性も考えられそうです。

 いずれにせよ、本作のような形状の鎬手の瓶は、やきものでは初期伊万里に顕著な造形であると言えるでしょう。伊万里焼の製作地である有田で鎬手の瓶・碗類を探してみると、伊万里焼草創期の窯として注目される天神森窯跡や小溝上窯跡、小物成1号窯跡など、複数の窯跡で出土例が確認されています。また、その意匠も畝の本数が異なっていたり、絵付けを「福」「壽」のほか「寶」などの文字文としたり、肩部を如意雲文や青海波文としたり、あるいは全体に瑠璃釉を掛けたりと、様々なヴァリエーションが見られ、鎬手は初期伊万里の意匠として一世を風靡したことが窺えます。

 こうした初期伊万里の鎬手の瓶・碗類は、轆轤(ろくろ)成形の後、1点1点、1面1面、ヘラで削り出すことによって形作られます。もちろん手作業であり、轆轤成形のみの作例に比べて手間暇の掛かるもの。後にはほとんど行われなくなってしまうその手法を多用するあたり、初期伊万里時代の造形に対する熱意に並々ならぬものを感じます。

 今展では、器種毎に初期伊万里を展示していますが、瓶類のみならず水指や壺類でも一捻り加えた多彩な造形のヴァリエーションをお示ししております。初期伊万里の豊かな造形性にもご注目いただけましたら幸いです。

(黒沢)



【主な参考文献】
・佐賀県立九州陶磁文化館『北海道から沖縄まで 国内出土の肥前陶磁』同1984
・東京国立博物館『日本の陶磁』同1987
・九州近世陶磁学会『九州陶磁の編年』同2000
・矢部良明『茶道具の世界9 花入』淡交社2000
・矢部良明ほか編『角川日本陶磁大辞典』角川書店2002
・佐賀県立九州陶磁文化館『古伊万里の見方2 成形』同2005
・佐賀県立九州陶磁文化館『土の美 古唐津―肥前陶器のすべて―』同2008
・石洞美術館『山武能一コレクション 初期伊万里展』同2014
・石洞美術館『古染付―このくにのひとのあこがれ かのくにのひとのねがい』同2017
・出光美術館『染付―世界に花咲く青のうつわ』出光美術館2019
・善田のぶ代『古染付と祥瑞 その受容の様相』淡交社2020


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