学芸の小部屋

2023年3月号
「第12回:青花 虎文 壺」

 寒冷な空気の中、暖かな陽差しが少しずつ春の訪れを予感させるこの頃、戸栗美術館では『開館35周年記念特別展 初期伊万里・朝鮮陶磁』を開催しています。2022年4月より4本連続で開催してまいりました開館35周年記念特別展の締めくくりとなる今展もいよいよ3月26日(日)まで。
 今月の学芸の小部屋では、出展中の朝鮮陶磁から「青花 虎文 壺」をご紹介いたします。



 垂直に立ち上がる口縁を持ち、肩から胴裾までなだらかな曲線をあらわした壺。松とその下に座す虎を胴部に大きく描いています。松は力強い運筆、虎は繊細かつ闊達な筆遣いが見え、ゆがみのある素朴な器形と調和した絵付けが特徴です。

 虎は日本でも絵画や工芸品にあらわされていますが、虎が棲むと言われている竹との組み合わせが目立ちます。一方で朝鮮半島の絵画でも竹虎図の作例はありますが、それよりも松との組み合わせを見かけるのは、朝鮮半島における虎の意味が関わっているようです。

 中国において畏怖や破邪、漢時代以降は四神として道教的な守護神の意味合いも含む虎は朝鮮半島にも影響を与えます。仏教美術の中では山神の使いあるいはその化身として、絵画や工芸品には君子の象徴や破邪の守護神、勇猛な動物としてあらわされてきました。加えて、古くから虎が棲息した朝鮮半島は「虎の国」、「虎を操る君子の国」ともされています。その縁の深さは朝鮮古代三国 (新羅、高句麗、百済)の遺聞逸事を収集した『三国遺事』(一然(1206~1289)撰/1289年成立)所収の、朝鮮半島の建国神話である檀君王倹の物語が熊と虎から始まることからもうかがい知ることができるでしょう。こうした伝承に加えて身近な動物でもあった虎は多様な意味を内包し、祭祀にも登場しました。

 青花磁器にも様々な表現で登場しています。例えば体の模様ひとつとっても、縞や斑、模様がなく猫のような姿のものなどが見られます。単体であったり龍と共に描かれたりと様々なヴァリエーションであらわされますが、特に多いのは鵲や松との組み合わせです。 中でも松を上部に配し、山中から歩いてくる様子の虎は、虎や豹が秋霧の中に身を隠し換毛した後、一変する様子にたとえて(註1)、立派な面立ちの君子、世の中をただす君子を意味する「猛虎図」として朝鮮王朝中期以降、士大夫層に特に好まれました。

 本作の文様は松と虎の組み合わせから察するに「猛虎図」の系譜であるのでしょう。虎は、柔らかな体毛や硬い髭、眉毛まで細い筆で細やかに、松は雄渾な筆遣いで力強くあらわされており、こうした筆技は金弘道(1745~?)など18世紀の画員(図画署に所属したいわゆる宮廷画家)の作風を想像させます。



 一方で、しっかりとした体格に丸く大きな目が特徴的な虎については、勇猛さと愛らしさを兼ね備えた姿も特徴です。虎の表情や静かに座す姿、松と虎の縮尺があまり意識されておらず、伸びやかな画面構成となっている点、加えて脇に置かれた岩の面的な表現などは、むしろ18世紀から19世紀にかけて流行した風俗画(民画)のようなおおらかさも感じられます。

 「猛虎図」は19世紀に文人や士大夫好みから大衆化し、民間に咀嚼されて「鵲虎図」として民画にあらわされていきます。「鵲虎図」は鵲、虎、松の組み合わせ。家の守り神である虎の天敵の蛇が鵲を恐れることから、その棲家である松樹の下を安住の地としているという伝承や、虎を支配者、鵲を市民として支配者を市民が監視しているという風刺的な意味合い、新年を言祝ぐ組み合わせとして用いられるなど、多岐にわたります。文化が爛熟した結果、文人的な「雅」と民間的な「俗」がひとつの画面に集約されていきました。
 絵画史の展開を加味すると、「雅」と「俗」が和合しているように感じる本作からは、「猛虎図」の流行の変化の過渡を垣間見ることができそうです。

(小西)



註1 古代中国『易経』「上六。君子豹変。小人革面。」、「象曰。君子豹変、其文蔚也。小人革面。順以従君也」の記述から。
※ 朝鮮陶磁の染付(コバルト顔料による釉下彩)の呼称については「青華」「青画」「青画白磁」など様々であるが、本稿では「青花」とした。

【参考文献】
書籍・図録
安輝濬編著 孔泰瑢訳『国宝 : 韓国七〇〇〇年美術大系 10絵画』竹書房 1985
『企画展 李朝陶磁シリーズ14 李朝後期染付』大阪市立東洋陶磁美術館 1989
赤沼多佳・伊藤郁太郎・片山まび 編『やきもの名鑑5 朝鮮の陶磁』講談社 2000
片山まび「第3章:韓国陶磁」(出川哲朗・中ノ堂一信・弓場紀知 編『アジア陶芸史』昭和堂 2001)
『別冊太陽 韓国・朝鮮の絵画』平凡社 2008
『アジア游学120 朝鮮王朝の絵画 東アジアの視点から』勉誠出版 2009
姜敬淑 著・山田貞夫 翻訳『韓国のやきもの: 先史から近代、土器から青磁・白磁まで』淡交社 2010
『目の眼No.466』目の眼 2015年7月号
『日本民芸館所蔵 韓国文化財名品選 朝鮮時代の工芸』国外所在文化財財団 2016
『目の眼No.496』目の眼 2018年1月号

デジタル資料
韓国国立中央博物館 監修「Google Arts & Culture 韓国民族の神話、韓国の『虎』」
https://artsandculture.google.com/story/yAUB_exZf_u-JA?hl=ja
(2023/2/18最終閲覧)


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