学芸の小部屋

2023年4月号
「第1回:ハンプトン・コート壺」

 春光うららかな季節を迎え、当館の庭でも枝垂れ桜に続けてドウダンツツジも少しずつ咲きはじめました。今月8日から開幕予定の『「柿右衛門」の五色―古伊万里からマイセン、近現代まで―』(~6月25日)では、明るい赤を基調とし、余白を活かしながら絵画的な絵付けを施した柿右衛門様式の伊万里焼や、マイセンの柿右衛門写し、十三代から十五代酒井田柿右衛門氏の作品、あわせて約80点を展示いたします。色絵磁器ばかりが並びますので、庭に負けず劣らず展示室内も華やいだ雰囲気をお楽しみいただけることと存じます。

 さて、今月の学芸の小部屋でご紹介するのは、上記の展覧会で初出展となる「色絵 花鳥人物文 蓋付六角壺」(図1)です。胴部を6面に整えた壺で、2面を一画面として、梅樹と人物、松樹に双鶴、竹に鳥文をそれぞれ描いています。各面とも余白を生かした絵画的な構成であり、黒または赤による輪郭線は繊細な筆致。賦彩は、赤・青・緑・黄・少量の金に加えて、梅や松の幹、鳥の羽根の一部に茶色を施しています。赤から金の5色は典型作品に見られる賦彩ですが、茶も入れて6色というのは柿右衛門様式の中でも最大の彩色パターンです。



 茶色の上絵具の使用のほか、柿右衛門様式の典型作品は轆轤型打ち成形の皿や鉢であるのに対し、板作り成形による壺という成形方法および器種器形も例外的。板作り成形とは、四角い粘土の塊から添え板と糸を使って板状に粘土を切り出し、それを泥漿(でいしょう/水で溶いた粘土)で貼り合わせて形作る方法です。柿右衛門様式の中では、板作り成形によるものは角瓶と四方形の鶴首瓶、そして本作のような六角壺と、限定された器種器形のみに見られます。

 この特徴的な六角壺は、別名「ハンプトン・コート壺」と呼ばれます。この通称は、イギリスのメアリー2世の収集品が集められたハンプトン・コート宮殿に由来します。現在のイギリスのロイヤル・コレクションには、「ハンプトン・コート壺」のほか、瓶やケンディなどの伊万里焼が含まれますが、これらのコレクションに共通した特徴として「一対」であることが挙げられます。とりわけ、本作と同意匠の「ハンプトン・コート壺」は、各図が左右反転した鏡写しの状態であらわされています。

 一対で左右反転の図を持つ作例は、上記と同じくロイヤル・コレクションでウィンザー宮殿に所在のもう1セット、フランス・ルーブル美術館にも1セット存在します。ドイツ・カッセル美術館所蔵の一対は、片方が伊万里焼、もう片方がマイセン製であると言い、産地の異なる同意匠品が組み合わされています。こうした鏡写しの一対という考え方はそれまでの伊万里焼には見られず、海外からの注文によるものであったことが指摘されています。西欧では、磁器を実用のみならず室内調度品として飾ることが行われており、その場合はシンメトリーであることが重視されました。同じ器形のものを左右対称に並べるだけでなく、うつわに描かれている図様さえもシンメトリーを求めたのでしょう。「ハンプトン・コート壺」は西欧の好みに合わせて作られた、まさしく輸出向けの伊万里焼であったと言えます。

 ただし、当館所蔵品の場合は、図様は同じ向きのため、元々は別のセットであったものを組み合わせたことが推測されます。館蔵の一対を見ていきますと、梅樹に人物の図様でも梅の花の数、梅樹の幹の折れ曲がり方、雲の形状や配置に至るまで、絵付けも非常に近しいと言えます(図2)。これは、松樹に双鶴の図様に関しても同様。ただし、竹鳥文の部分だけは右方の青色の鳥の位置が異なり、赤以外にも青や緑色の雲が描き足されています。よく見ますと、鳥部分の下に釉薬の縮れが認められます。この縮れを目立たなくするために、鳥の配置や、雲の数を調整したのでしょう。



 こうした六角壺は板作り成形によるもので、高度な成形技術を要しました。匣鉢(さや)や窯道具の出土状況から、佐賀・有田の中でも最高級品を焼造した南川原山(なんがわらやま)の南川原窯ノ辻窯(なんがわらかまのつじかま)で製作されたものと考えられています。この種の六角壺を矛盾無く組み立て、そして、1300度以上の高温で焼き上げるには大変な苦労があったと推測されます。なぜならば、本作の場合は濁手(にごしで)と呼ばれる純白の素地が使用されています。この素地は大型品を製作するには向かなかったものと見え、皿や鉢の場合もほとんどが20cm台止まり。その中で、板作り成形、しかも、蓋まで付けて30cmを超える大きさのものを仕上げるのは困難を極めたと推測され、歩留まりも必ずしも採算に見合うものであったかどうかは定かではありません。そのため、全体の歪みや割れなど致命的な窯傷(かまきず)でなければ、多少の釉薬の縮れなどは上絵付けで補って仕上げたのでしょう。前述のように、西欧でのとくに求められたタイプであったことからも、出来る限り完成させて海外にまで運ばれていたことがうかがえます。

 「ハンプトン・コート壺」は西欧からの求めに応じて製作されたタイプであったことが明らかですが、その需要に応えるためには職人たちの高い製作技術と努力が欠かせませんでした。今回の展覧会では本作のほか、海外で人気を博した柿右衛門様式の伊万里焼の色絵磁器を多数ご紹介いたします。高い技術をもって製作された華麗な柿右衛門様式の優品をご堪能いただければ幸いです。


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