学芸の小部屋

2023年9月号
「第6回:型による陽刻と墨弾き技法による白抜き文様の併用」

 残暑厳しきこの頃、戸栗美術館では9月24日(日)まで、『古伊万里の「あを」―染付・瑠璃・青磁―』を開催中です。今月の学芸の小部屋は、出展作品の中から「染付 芋葉形皿」をご紹介いたします。

 本作は糸切り成形によって芋葉形とした変形皿。口縁の葉のひるがえる様子に加えて、見込は染付の青色で塗り埋め、墨弾きを用いて白抜きの葉脈をあらわしています。この白抜きの葉脈ですが、よく見ると白線が二重になっている部分が散見されます。実は、陽刻の上から墨弾きの技法を用いてあらわされているのです。


 墨弾きとは、墨で白抜きにしたい文様を描いた上から、染付の呉須(ごす)絵具を施して焼成すると、墨の部分のみが焼き飛んで、白抜き文様をあらわすというもの。筆を使用するため、曲線や繊細な幾何学文様を白抜きで表現する際に適しています。本作でも繊細な筆致で陽刻の細線をなぞり、葉脈をあらわしています。

 一方、陽刻とは浮き出しによる文様装飾のこと。施文方法は様々ですが、5客組で伝世している本作においては、見込の葉脈の数や向きなどがいずれも同じであることから、型の使用がうかがえます。浮き出しの程度は型の彫り具合や当てる力によって異なりますが、本作では微妙なニュアンスをあらわすのみ。加えて、陽刻文様をなぞるように墨弾きが施されているため、目視のみで陽刻部分を見つけるのは困難です。筆者も、作品調査で葉脈部分に触れた折、僅かな凹凸が指にあたったために陽刻を確認することができました(①)。



 さらに作品を観察すると、見込から口縁付近の白磁部分にまで葉脈が伸びていました。触れても殆どわからない程に微細な陽刻ですが、ちょうど墨弾きの線がぶれて葉脈が二重になっていたために、見つけることができました(②)。



 本作の調査によって、型による陽刻と墨弾きによる白抜き文様を併用していることがわかりました。成形と絵付けの装飾技法の併用により、葉脈部分が一層明瞭になり、芋葉の形がより活かされているようです。

 なお、同形の類品も複数確認されています。白磁に陽刻の凹凸文様で葉脈をあらわしたものや、そこに染付や金銀彩を施したもの、本作同様に墨弾きで葉脈をあらわしたものや、そこに白抜きの花文を描き加えたものなど様々な装飾がみられることから、この種の皿は当時人気があったのでしょう。始めに作られたのはどのタイプの作例か、芋葉形皿の一群は同一の型で作られたものなのか、など諸々の問題は捨て置くにしても、単に葉脈をあらわしたいのであれば、陽刻と墨弾きのいずれかで事足りるはず。本作のように陽刻と墨弾きを併用するのは、より装飾性を高めるための工夫とみえます。

 型を使った成形も、墨弾きの技法も17世紀中期の技術革新を経て伊万里焼の主力な装飾技術となっていきます。本作は伊万里焼の製作技術が熟達した17世紀後半の作。成形技法と染付の絵付け技法の絶妙な相乗に、技術の成熟を感じます。

(小西)



【参考文献】
佐賀県立九州陶磁文化館『寄贈記念 柴田コレクション展Ⅰ』同1990
佐賀県立九州陶磁文化館『寄贈記念 柴田コレクションⅥ-江戸の技術と装飾技法-』同1998
佐賀県立九州陶磁文化館『寄贈記念 柴田コレクション展Ⅶ-17世紀、有田磁器の真髄-』同2001
佐賀県立九州陶磁文化館『柴田夫妻コレクション総目録(増補改訂)』同2019
佐賀県立九州陶磁文化館『開館40周年記念・寄贈記念 特別企画展 柴澤コレクション』同2020


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