学芸の小部屋

2023年10月号
「第7回:型紙白絵」

 ようやく秋らしい涼しさが感じられるようになりましたが、いかがお過ごしでしょうか。現在、戸栗美術館では10月6日(金)より開幕の展覧会『伊万里・鍋島の凹凸文様』の準備の真っ最中です。凝った意匠の作例を多数出展いたしますので、どうぞお楽しみに。今月の学芸の小部屋では、同展に出展する作品を先取りしてご紹介いたします。

 取り上げるのは「白磁 葦雁文 皿」(図1)です。口縁部に縁銹(ふちさび)を施していますが、それ以外は一見、ごくシンプルな円形の白い皿に見えます。


  角度を変えつつ、近付いて見てみましょう。



 肉眼でも見えにくいため画像ではなおのことではありますが、右方の背の高い葦の元に2羽の雁が佇んでいるのがご確認いただけますでしょうか。また、2羽が見つめる先、左上方にも飛翔する2羽の雁の姿があります(図2)。

 葦雁の文様部分にそっと触れてみると、地の部分に比べてわずかに盛り上がっています。このような浮き上がった文様、すなわち陽刻文様(ようこくもんよう)を施す手段としては、伊万里焼ではいくつかの技法が考えられます。
 最もよく見られるのは、轆轤型打ち成形(ろくろかたうちせいけい)です。この技法は、轆轤である程度の形に挽いた後、まだ柔らかいうちに、予め用意しておいた型に被せて叩いて変形させるもの。型に彫り文様を施しておけば、その凹凸が素地に写って陽刻文様となります。轆轤型打ち成形によって細かな文様をあらわした作例もありますので本作も同技法の可能性はありますが、型で抜く場合は文様のキワが丸みを帯びる傾向があるのに対し、本作の場合はくっきりと立ち上がっています。また、轆轤型打ち成形の場合は文様部分にも凹凸を表現することが可能ですが、本作の文様部分は平面的です(図3)。


 比較的キワまでしっかりと立ち上がる陽刻技法としては、文様の周囲をヘラで削り取っていく技法もありますが、その技法であらわすには本作の文様は細かすぎ、また、削った痕跡も見当たりません。そこで考えられるのが、水で溶いた化粧土を筆などで素地の上にのせるという技法。ただし、のせ方にも工夫が見られます。5客を見比べてみますと、右方の葦雁文、左上方の飛翔する雁文は、それぞれ葦の葉の枚数や雁の首の向き、大きさに至るまで同一です。また、雁文に着目すると、輪郭線が点線状になっています。これらの情報から考えるに、文様部分を切り抜いた型紙を用意し、それを素地に当て、上から刷毛で化粧土を刷り込んだ可能性が高いと言えるでしょう。ちなみに、5客の葦雁文の配置から、型紙は見込全体を覆う1枚ではなく、右方の葦雁文の分と、左上方の雁文の分をそれぞれ用意したとみられます。

 型紙を利用して文様をあらわす技法は、型紙摺り(かたがみずり)と呼称されます。下絵付けの呉須絵具(ごすえのぐ)を摺り込む場合もあることから、白化粧土を用いる技法は区別して型紙白絵(かたがみしろえ)や白土型紙摺りなどと呼ばれます。型紙白絵の技法自体は1630年代頃に出現するとされていますが、作例が増加するのは17世紀後半。その後、18世紀前半に掛けて用いられました。青磁釉を施釉した上から施す場合もありますが、白地が基本であった様子です。

 17世紀後半頃は、伊万里焼の中でも素地の白さが追求された時代でした。柿右衛門様式の色絵磁器にも用いられる純白の濁手素地(にごしできじ)はその代表的な存在です。この時代には絵付けを施さずに白磁として仕上げた組食器も様々残されており、その多くに轆轤型打ち成形や糸切り成形などの型による陽刻文様が施されています。白磁食器需要の高まりの中で、素地の白さ、それに自然に寄り添う白い意匠が求められたのでしょう。型紙白絵もそのような流れの中で取り組まれた技法と考えられます。

 展覧会『伊万里・鍋島の凹凸文様』(10月6日〜12月21日)では、本作のほかにも型紙白絵による「白磁 菊花文 猪口」、加えて、轆轤型打ち成形や糸切り成形、型押し成形、線彫りによって白地に白い文様の入った伊万里焼白磁11点を特集いたします。一見シンプル、しかし洒落た凹凸文様のあらわされた組食器をご堪能いただけましたら幸いです。

(黒沢)



【主な参考文献】
・佐賀県立九州陶磁文化館『古伊万里の見方3 装飾』佐賀県立九州陶磁文化館2006
・大成エンジニアリング株式会社『市谷甲良町遺跡Ⅲ』東急不動産2009
・佐賀県立九州陶磁文化館『柴田コレクション総目録』増補改訂版 佐賀県立九州陶磁文化館2019


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