学芸の小部屋

2024年4月号
「第1回:鍋島焼の連続文様」

 館庭ではようやく椿が見頃を迎え、例年にも増して遅めの春となりそうです。当館は4月16日(火)まで休館とさせていただいておりますが、展示室内では電気設備の更新と展示替え作業が進行中。そこで、今月の学芸の小部屋では開幕に先駆けて次回『鍋島と金襴手—繰り返しの美—展』(4月17日(水)〜6月30日(日))の出展作品をご紹介いたします。

 次回展で注目するのは、金襴手様式の伊万里焼や、佐賀鍋島藩から徳川将軍家への献上や他大名家等への贈答として供された鍋島焼の中でも、「繰り返し」あらわされた意匠です。具体的には、器種をまたいであらわされる文様や、色違いあるいは時代を越えて表現される意匠、そして今月号の話題となる、ひとつのうつわの中で連続して描かれる文様(以下、「連続文様」と呼びます)を取り上げます。とりわけ、鍋島焼に見られる連続文様を語る上で欠かせないのが、更紗文(さらさもん)があらわされた一群(図1)です。


 元来、更紗とは草花や鳥獣、人物、幾何学文様などが型や手描きによって鮮やかに染め出された木綿布のこと。染織品の更紗の起源はインドにあり、大航海時代に入るとオランダ船や中国船によって日本へももたらされるようになって人気を博したと言います。18世紀中頃までに輸入されたものは後に「古渡り更紗(こわたりさらさ)」と呼ばれて珍重されました。彦根藩の井伊家に伝来した、16世紀から18世紀頃までの全450枚の更紗裂を1枚ずつ紙に貼り付けた「彦根更紗」(図2)は、古渡り更紗の愛好の様子を今に伝える好例と言えるでしょう。



 更紗の人気を受け、佐賀鍋島藩の領内でも「鍋島更紗(なべしまさらさ)」が製作されました。江戸時代前期の作例は現存しておらず鍋島焼の更紗文との前後関係は未詳ですが、鍋島更紗の関連史料で「天保十年亥四月」(1839)の表書がある『更紗日記』には、鍋島更紗が「御参勤御用」として製作されていた様子が記されていると言います。佐賀鍋島藩が更紗にも強い関心を持っていたこと、鍋島焼と同じく藩の重要な工芸品としていたことがうかがえます。

 鍋島焼においては、花文や幾何学文を更紗風に連続させた意匠を更紗文と総称しています。例えば、染付による青と上絵の緑の寒色を中心とした色合いが爽やかな「色絵 更紗文 皿」の文様部分を拡大して見てみると(図3)、蕨手と七宝が菱状に繋がれ、その内側に菊花が入れられた文様を一単位として、それが表面全体に展開されていることがわかります。華奢な蕨手部分は輪郭線からはみ出さないように丁寧に濃(だみ/塗りつぶしのこと)が施されています。青色の濃淡が付けられた七宝の中心にはわずかに上絵の黄色が乗せられ、赤い菊花は花弁の端に向かうほど淡くなるように濃が施されるなど、非常に細やかな仕事振り。そして、丹念に繰り返された文様をあえてアシンメトリーに丸で切り取った構図は、鍋島焼ならではの優れたデザイン感覚が発揮されています。



 このほか、鍋島焼の更紗文には、個々の文様や、色絵か染付かといった装飾技法に様々なヴァリエーションが見られます。各種更紗文皿を見ると、高い高台を伴う浅い形状が共通しており、いずれも前期鍋島に位置付けられます。さらに、「色絵 更紗文 皿」や「染付 更紗文 皿」に見られる裏面の七宝文(図4右上・右下)は、1650年代後半から1660年代にかけて稼働し、初期の藩窯と目されている日峯社下窯跡(にっぽうしゃしたかまあと)の出土品と類似。高台の剣先文(図4右上・右下)も、日峯社下窯跡出土品ならびに1670年代から幕末まで稼働した藩窯である大川内鍋島窯跡出土品と同様の文様です。ほか2点の裏文様の花唐草文(図4左上・左下)と併せて、こうした各種更紗文皿が前期鍋島の時代に数多く製作されたことがうかがえます。



 前期鍋島の中には、母体となっている伊万里焼と類似した意匠の作例が散見されますが、更紗文に関しては17世紀後半までの伊万里焼には中々作例が見当たりません。先述の通り当時は更紗人気の真っ只中であり、染織品の文様に刺激されて考案された可能性が高いと言えるでしょう。前期鍋島の時代、献上・贈答に相応しい意匠を模索する中で、他の工芸品の意匠も参照していたことがうかがえます。

 前期鍋島で展開された更紗文に代表される連続文様は、盛期鍋島の時代に入るとさらに独自の発展を遂げていきます。「色絵 毘沙門亀甲文 皿」や「染付 桃文 皿」は工芸品では定番のモチーフを採用しながらも、連続文様の手法を使って表面全面に繰り返し配置したことで新規性が感じられるデザインに昇華されています(図5)。他の工芸品の影響を受けながらも、盛期の段階ではそれを脱し、見事に鍋島焼のデザインとして確立されています。



 『鍋島と金襴手—繰り返しの美—展』(4月17日〜6月30日)では、上記でご紹介した6点のほか、椿文を並べた愛らしい猪口や、唐花文を連環させた皿類など、様々な連続文様の作例を展観いたします。確かな技術で淡々と繰り返されることで表現された、美しいデザインの数々をご覧くださいませ。
(黒沢)


【主な参考文献】
・佐賀県立博物館『鍋島更紗・段通展』同1977
・矢部良明編『日本の美術 第176号 鍋島』至文堂1981
・鍋島藩窯研究会『鍋島藩窯—出土陶磁にみる技と美の変遷—』同2002
・佐賀県立博物館『佐賀の染織—更紗・緞通・錦—』同2006


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