染付 松鶴文 稜花皿  伊万里
江戸時代(17世紀中期) 口径21.6㎝
戸栗美術館所蔵

 今回ご紹介するのは、「染付 松鶴文 稜花皿」という作品です。本作は口径21.6cm、高さ3.0cm、高台径12.6cmの稜花形の皿です。今回の展覧会では第3展示室、入って左側のケースに展示されています。
 こちらの作品は、見込に色紙が2枚描かれており、その中に長寿を象徴する鶴と松が描かれています。また周囲には梵字が陽刻であらわされています。裏面には朝顔が描かれており、高台の内外に圏線が引かれています。
 鶴は右下を覗くように描かれており、その可愛らしさに関心を引かれます。鶴の周りには松が6つ描かれており、厳かさが醸し出されています。まるで可愛らしさと緊張感が同居しているかのようです。鶴が濃い色で描かれているのに対して、松が薄い色で描かれており、色の濃さが対照的になっているところも見逃せません。色紙の右上は内側に折られており、単純に色紙を2枚重ねて描くよりも洒落た構図になっています。色紙の表面は濃く、裏面は薄く描かれており、こちらも対照的です。そんな染付文様を囲むのは、陽刻された梵字。遠目には見えにくいですが、近くで観察すると浮かび上がってきて驚かされます。その効果で、本作がより一層魅力的に見えるものです。この見込に染付文様、周囲に梵字という意匠は、寛文年間(1661~73)の作品によく見られるものです。
 作品としての一番の特徴は何といっても梵字が陽刻されている点にあります。そもそも陽刻とは、素地面の文様が浮かび上がるように表現する装飾法のことです。釉薬を掛ける前に素地に文様を彫る方法や、素地の上に素地と同質の泥を盛り上げて文様を表すイッチン盛りという方法がありますが、本作の場合は類似した梵字の陽刻の作品がいくつか伝世しているため、型を使って文様をあらわしていると考えられます。なお陽刻の反対語として陰刻があり、こちらは陽刻とは対照的に器面に直接文様を彫り込む技法です。
 型打ち成形は、17世紀中期に肥前で始まった技法です。技法としては、土や木で作った型にあらかじめ文様を刻んでおき、その型に轆轤(ろくろ)で水挽きをした素地を被せて叩くことで、型に彫られた文様を素地に写し取ることが出来るというものです。
 型打ち成形は陽刻文様だけでなく、花形など複雑な形を作る際にも用いられており、陽刻文様と複雑な器形を組み合わせた作品も作られています。轆轤を使って円形のうつわを引いてから変形させるため、高台の形は円形になるのも特徴です。
 以上のことから、本作のように梵字を陽刻で表現するためには、梵字が刻まれた型を用意し、その型に素地を被せて叩く工程が必要となります。つまり轆轤成形の後にもう一つ工程が加わります。本作のように丁寧な型打ち成形によって陽刻文様が施された皿は高級磁器として製作されたものですが、それに相応しくかなりの手間暇が掛けられています。型を使った装飾技法は、国内外で伊万里焼の需要が高まった17世紀中頃に発達し定着したものであると考えられており、今回の作品もその時代の流れに沿って製作されていると考えられるでしょう。


染付 竹雀文 稜花皿  伊万里
江戸時代(17世紀中期) 口径22.0㎝
戸栗美術館所蔵

 なお、戸栗美術館には、同じ時期に製作された稜花形のものが1点所蔵されています(「染付 竹雀文 稜花皿」)。こちらの作品の色紙の中には竹雀が描かれています。本作と対照的に、雀は左上を見るように描かれているのが面白いところです。うつわの形だけでなく、陽刻されているものが梵字であること、裏面に朝顔が描かれていることが本作と共通しています。また本作と同様、陽刻も型打ち成形によってあらわされていると考えられます。本作と比べてみると型の写し取った角度に若干の違いが認められますが、梵字の種類や配置が共通していると言えるでしょう。そのため、本作のものと類似した型を使って成形されていると考えられます。
 ちなみに、佐賀県立九州陶磁文化館の柴田夫妻コレクションには、本作に類似した意匠の作品が多数見られます。見込の文様には梅や鳥などが、周囲の陽刻には梵字や波などが描かれており、様々な組み合わせがあります。また本作のように、裏面に朝顔や蔓草文が描かれているものもあります。見込に染付文様・その周囲に陽刻という意匠は、ある程度当時の消費者から需要があるものだったと考えられるでしょう。
 これまで主に陽刻に焦点を当ててご紹介して参りましたが、残念ながら陽刻は、遠くから眺めて鑑賞すると器面の色に紛れてしまうため、どうしても気付きにくいものです。また見込に何か文様が描かれていると、そちらに目を向けてしまうものです。今回のような陽刻の施された陶磁器が展示されている際は、是非可能な限りお近づきになり、浮かび上がる文様をご覧になってお楽しみください。
(東京学芸大学 田中)