色絵 赤玉雲龍文 鉢
伊万里
江戸時代(17世紀末~18世紀初)
口径25.8㎝
戸栗美術館所蔵

 見込には龍、その周りには鮮やかな赤絵具で規則的な文様が描かれています。中央の龍は染付の上から上絵具や金彩を重ねて描かれています。金彩を施すことによって光を反射した龍の文様が輝いて見え、見込に向かって巧みに視線が誘導されるようです。龍文のまわりを飾っている赤絵具の美しい発色や各所に散りばめられた金彩は、日本の金襴手(きんらんで)における表現の多様さを感じさせるほか、作者の工夫も感じられます。

 江戸時代中期、元禄文化のもとで伊万里焼の色絵はそれまでとは異なる華美な器に変化します。幕藩体制が安定し、経済が発展したことで生活が向上すると、豪商たちが豪華な器を求めたためです。16世紀の中国の景徳鎮窯で作られ日本に伝わった金襴手は、一時期は珍重されていたものの、17世紀初頭になるとその人気は下火になるとされています。しかし約100年後の元禄年間、再び金襴手が流行するきっかけが、日本経済のリーダーとして重要な役割を担っていた新興の豪商達でした。金襴手とは、染付を文様の一部として上絵を施し、さらにその上に金彩を加えて一層豪華にしたものです。そのような華美な器は、商人や豪農といった経済力を持つ人々にとってはとても魅力的だったと言えます。実際に、元禄年間初期の大坂の両替商、鴻池家の蔵帳には金襴手が茶道具として記録されていると言います。この時代、金襴手は趣を出す演出として使われていたようです。全ての道具に金襴手を使用するのではなく、香合や菓子鉢などにさりげなく金襴手のものを使うことによって、金彩の輝きは強く印象に残ったでしょう。

 景徳鎮窯の金襴手の主な作風として赤地金襴手があります。金襴手はいかにして金箔文様を引き立てるかが重要であることは言うまでもないと思いますが、そのための一手法として利用されたのが赤地金襴手です。主文様を囲む下地の枠取りをして、赤の絵具で塗りつめた上から金箔をおくことで効果的に金箔文様を見せることができるというのが赤地金襴手の手法です。また、金襴手はもともと中国の景徳鎮窯で創案されたのですが、景徳鎮の金襴手と古伊万里の金襴手には金彩の施し方に違いがあります。中国の金彩の多くは金箔を焼き付ける方法がとられています。この方法により金は鮮やかな発色をしますが、手間がかかる上に作業には注意を払う必要があるという欠点があります。この金彩の施し方は日本では「截金(きりがね)」と呼ばれています。対して日本の金彩は金泥を膠で溶いて、筆で描写されています。金の発色は少し弱くなりますが、手順が容易で表現の幅が広がります。本作では赤地金襴手の趣を感じさせますが、鐔縁(つばぶち)の唐草文を見ると金彩は赤絵具の上に載せているのではなく、釉薬の上に直接載せられています。中国の赤地金襴手では釉薬と上絵具、金彩の三層で装飾が施されているのに対し、この鉢は赤絵具を載せていくときに、金彩を施す部分を避けていることが分かります。これにより、赤絵具の上に金彩を施した時に比べて金彩の剥落を抑えることができたでしょうし、赤絵具で塗り分ける時に描かれた細やかな輪郭線が、この作品の絵付の緻密さを感じさせる要素となっていると言えるでしょう。また、主文様の周りを細かい幾何学文様や唐草文様で囲むことによって、金彩をうまく引きたてながらも作者の技を感じさせ、観る人を圧倒する仕上がりとなっています。

 また、この作品の特徴として鉢の形状が挙げられます。口縁を外側に倒した腰の深い形状は伏せた形が兜に似ていることから「兜鉢(かぶとばち)」と呼ばれます。



 厚めに成形された器の見込の部分には染付と上絵、金彩により龍の文様が描かれ、その周囲を四方襷文様(よもだすきもんよう)と赤玉文様で飾られています。四方襷文の菊菱形は規則的に配置され、線で描いた菊の花が器面を埋め尽くしています。また、三段に分けて6つずつ置かれた丸文は赤玉のほかに、萌黄地に金と赤で団龍文と宝珠文が交互に描かれています。外側面には赤の下地の上に、白抜きと萌黄による唐草文が巡らされ、四方に配置された白抜きの窓には草花文と鳳凰文が交互に描かれています。本作では、濃淡のない藍色や赤で絵付が施されています。その他に、黄色や緑色の絵付には筆跡の窺える色の溜まりが残っています。はっきりと濃い色を発色させる部分と手作業を感じさせるムラのある部分の調和は、この作品の見どころとなっています。

 本作は古伊万里金襴手型物の代表的な作品です。この場合、型物とは型で成形されたという意味だけではなく、名作の型(要素)を含んでいるということです。

 素地の白や染付、上絵、金彩による様々な色彩を使うことにより煌びやかな印象を与える伊万里焼の金襴手ですが、文様の緻密さや細かな筆の運びによる美しい濃淡からは作り手の確かな技術と熱意を感じることができます。

(神奈川大学 岸)



【参考文献】
・矢部良明監修『古伊万里・金襴手展』読売新聞西部本社1997
・静嘉堂文庫美術館『静嘉堂蔵 古伊万里』同2008
・森由美『ジャパノロジー・コレクション 古伊万里 IMARI』KADOKAWA2015