色絵 鳳凰花鳥文 十角鉢
伊万里(柿右衛門様式)
江戸時代(17世紀後半)
口径24.1㎝
戸栗美術館所蔵

 今回ご紹介する作品は、「色絵 鳳凰花鳥文 十角鉢」です。
 本作は、17世紀後半にかけて作られた柿右衛門様式の作品です。
 まず、柿右衛門様式についてご説明いたしましょう。
 柿右衛門様式とは、17世紀後半に成立した輸出向けの質の高い色絵です。ヨーロッパでは中国製の磁器を輸入していましたが、入手が困難になったことから、代替品として日本の伊万里焼が求められるようになりました。そうした背景から、中国風のモチーフでありながら、ゆったりとした余白のある構図、赤をメインにした軽やかな文様を施したものが人気を博しました。また、ろくろ挽きした素地を土型にかぶせて成形する、型打ち成形の技法で十角形や八角形、輪花形、菊花形など趣向を凝らして成形した変形鉢も見られます。
 柿右衛門様式の特徴的な白は輸出の際に厳しい要求があったことから、完成したとみえます。赤は、初期の頃、濃い色調の赤でしたが、白に映える明るい赤色へと洗練されていきます。
 乳白色の濁手(にごしで)は、染付を伴わず、白さを追求したものです。染付をする際にはある程度の釉の厚みが必要となりますが、それに伴い青みが強くなってしまいます。染付をせず釉をできるだけ薄くかけることで、純白の磁器に仕上がっています。濁手素地の完成度が高いからこそ、余白を活かした構成や色彩の美しさが映えるものになっていると言えるでしょう。

 柿右衛門様式の典型的な作品は、型打ち成形の技法で形作った乳白色の濁手素地に、左右非対称の構図で明るい赤色を主体とした絵付けと縁銹(ふちさび)を施します。

 本作では、柿右衛門様式の特徴をどのように見ることができるでしょうか。
まず、器形は型打ち成形をした十角形の鉢です。型にかぶせて打ち込むことで、ろくろでの成形よりも一工程多く手間をかけており、形の美しさが際立っているように思います。帽子のひさしのようになっている鍔縁(つばぶち)の口縁に縁銹を施しており、全体を引き締めているように感じられます。
 次に、絵付けは濁手素地の白に、上絵の鮮やかな色が映えます。特に鍔縁には、小さな鳥をめぐらせており、赤・青・黄・緑色で巧みに描かれています。それぞれの鳥に絵付の微妙な違いが見られ可愛らしく仕上がっています。



 内側には、鳳凰と花が繊細な筆致で描かれています。鳳凰は、赤・青・黄・緑色と用いられており、特に尾羽の部分は線が細かく自在に、躍動するように描かれています。鳳凰は、中国では、めでたい前兆に現れる瑞獣です。日本でも吉祥文様として用いられます。花が不規則に、一部に余白を持たせた形で配置されているため、濁手素地の美しさが目を引きます。
 外側面には梅樹が、左右にのびのびと大きく描かれています。力強い枝ぶりは、黒の輪郭線でくっきりと表現しています。太細の変化が付いた枝ぶりが印象的です。梅の花は柿右衛門様式の特徴的な赤であらわされています。梅の輪郭線の赤色と、輪郭の中を塗りつぶす赤色が異なることから細部のこだわりを見ることができます。黒と青が主体の枝と赤い花の色味に違いによって、花の華やかさが増して見えます。なお、梅は寒中にりりしく咲く高潔な花として、常緑の松、雪に耐える竹とともに歳寒三友の友とした中国に倣って、日本でも吉祥文様としてさまざまな工芸品のなかに登場します。

 以上から、本作は型を使った丁寧な成形、濁手素地を用い余白を多くとった左右非対称構図、赤の映える鮮やかな絵付け、口縁に施された縁銹など、柿右衛門様式の典型作の特徴を備えています。柿右衛門様式らしい、その完成形をあらわすものであると考えることができます。

(東京学芸大学 久保)



【参考文献】
・出川哲朗 監修『柿右衛門―Yumeuzurasセレクション』大阪市立東洋陶磁美術館2020年11月
・森由美 著『ジャパノロジー・コレクション 古伊万里IMARI』角川文庫 2015年7月
・九州国立博物館 編『柿右衛門―受け継がれる技と美』九州国立博物館2015年3月
・大橋康二 監修『日本陶磁ヨーロッパ輸出350周年記念 パリに咲いた古伊万里の華』日本経済新聞社2009年
・佐賀県立九州陶磁文化館 編『古伊万里の見方シリーズ② 成形』佐賀県立九州陶磁文化館2005年9月
・佐賀県立九州陶磁文化館 編『平成11年度特別企画展 柿右衛門 ―その全容』佐賀県立九州陶磁文化館1999年10月