展覧会概要
日本人は、世界でも稀に見るほど「小さくかわいらしいもの」に特別な関心と愛着を寄せていると言われています。伊万里焼にも、小さくかわいらしいうつわが作られており、江戸時代の人々がうつわを愛で、食を楽しんだ様子を伺い知ることができます。
特に板状にした粘土を型に押し当てて変形させる〈糸切り成形〉技法が発達した17世紀中期から後半ごろには、花や葉の形をはじめ、鳥や魚、蝶々、富士山、扇などさまざまな形をした、目にも楽しい変形小皿が多く作られました。中には、限られた小さなスペースを画面として、奥行きのある壮大な山水図が描かれている作品もあります。
今展示では、伊万里焼の小皿や猪口、向付など、小さなうつわの中に凝らされた趣向と工夫に注目し、愛すべき小品の魅力をご紹介いたします。
展示構成
◆小皿・猪口・向付
17世紀初頭に佐賀県の有田地方で始まった伊万里焼では、初期の段階から丸形のほか口縁を花の形にかたどった輪花形や稜花形の小皿が作られています。当初は、色絵の技術がなかったため、白地に青い顔料で下絵付けをした染付や、青緑色に発色する釉薬を施した青磁が主流でした。
17世紀中期頃になると糸切り成形や型打ち成形などの技法を用いて、うつわの輪郭を大きく変化させた変形小皿も数多く生み出されるようになりました。この頃から染付に加え、カラフルな上絵付けを施した色絵の技術が広まっていきます。
皿以外にも、盃形や朝顔形、筒形などの猪口のほか、丸形や角形、輪花形の小ぶりな鉢など、型打ち成形が盛んになったことによってさまざまな器形のうつわが作り出されました。
これらの猪口や小鉢、小皿の多くは向付(※)として、また銘々皿として使用されたと考えられます。使い勝手が良く掌にも収まる小さな猪口は、おかずを盛る以外にも酒器や湯呑みとして、また薬味や調味料を入れる万能なうつわとして幅広く用いられました。18世紀後半、食生活の変化とともに庶民の間で蕎麦切りが流行すると、筒型の猪口を蕎麦のつけ汁用として転用し始め、それに応じて蕎麦専用の「蕎麦猪口」も作られるようになります。
多種多様な器形や意匠をもつこれらの小さな伊万里焼は、季節や料理に合わせてさまざまなシーンに取り入れられ、江戸の人々を楽しませたことでしょう。
今展示では、17世紀前期から江戸時代を通して作られた“かわいらしい”伊万里焼の小皿・猪口・向付を中心に展示いたします。
※「向付」とは、懐石料理で膾や和え物などを盛り、膳の向こう側に配す小型のうつわのこと。
◆小さな伊万里の魅力
今展示では、小さくかわいらしい伊万里焼の魅力を、さまざま な視点からご紹介いたします。
【限られたスペースに凝縮された技法】
伊万里焼では、初期の段階からロクロを用いた成形方法が取り入れられています。17世紀中頃に技術が進歩すると、ロクロ成形後の粘土を型にかぶせて叩き、形を変形させる型打ち成形や、板状にした粘土を型に押し当て余分な部分を糸で切り取る糸切り成形の技法で、動物や植物などのさまざまな形をした変形皿が作られました。
また染付では、青色のコバルト顔料を含ませた筆で文様を描くのが一般的ですが、顔料を吹き付けて点描を表す吹き墨や、文様を透かし彫りにした型紙を器面に当て、上から絵具を塗り込む型紙刷りなど、じっくりと観察すると小さなうつわの限られたスペースの中にさまざまな技法を取り入れていることがわかります。
こちらのコーナーでは、成形方法や絵付け技法の解説を加えながら、小さな伊万里焼に見られるさまざまな技術をご覧いただきます。
【温かみのある風合い -銹釉のうつわ-】
銹釉染付 双鶴文 輪花皿
伊万里
江戸時代(17世紀中期)
伊万里焼には染付や色絵、青磁や白磁のほか、「銹釉」という陶器にも似た表情の作品があります。銹釉とは、10%ほどの鉄分を含むことによって黄褐色~黒褐色に発色する釉薬のこと。鉄分の含有量や、焼成時の窯中の酸素量などによってさまざまな色味や質感のうつわが作られています。初期の伊万里焼から見られますが、17世紀中期頃には需要が増し、主に茶懐石道具として用いられました。
こちらのコーナ―では、硬質なイメージを持つ「磁器」でありながら温かみのある風合いの銹釉の向付・小皿・碗などをご紹介いたします。
【食器以外の小さな伊万里焼】
染付 唐草文 人物鈕茶入
伊万里
江戸時代(17世紀前期)
伊万里焼では実用的な食器類が中心に作られていますが、茶道具や化粧道具などのように食器以外の目的で用いられたうつわも少なくありません。
こちらのコーナーでは、茶の湯の席で用いられた香炉や茶入れ、動物をかたどった愛らしい形の香合、紅皿や油壺といった化粧道具など、さまざまな用途の小さな伊万里焼をご紹介いたします。