薫風の五月を迎えました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
さて、今回ご紹介するのは、現在開催中の「柿右衛門展—ヨーロッパを魅了した東洋の華—」で第3展示室に五客揃えて出展中の「染付 枝垂桜文 猪口」です。
薄く白い磁肌に、濃淡を巧みに用いた深みのある染付で描かれるのは、桜。
一見、藤の花のようにみえるのは、今が季節だからでしょうか。
あるいは、伊万里焼には藤の描かれた作品が多い、という先入観のためでしょうか。
よくよく文様を観察してみると、藤にしては、葉や蔓が描かれていないし、幹もひょろっとしています。
何より、房の根もとに五弁の桜の花が描かれていることから、どうやらこの花木は藤ではないということが分かります。
しかし、桜の花が描かれているといっても、房の根もとで・・・いったい桜の房ってなんでしょう・・・。
実はこれ、柳桜という文字通り柳と桜を組み合わせた文様であると考えられます。
柳に桜の風情は、日本では平安以来好まれてきたもので、『古今和歌集』の中にもその美しさが詠まれています。
見渡せば 柳桜をこきまぜて 都ぞ春の 錦なりける 素性法師(そせいほうし)
霞のように白くけぶる満開の桜と柳の緑の調和はえも言われぬ美しさであると感嘆しているわけです。このように柳と桜を交互に植えた情景は、現代でも京都の川沿いなどで見ることができ、盛りを過ぎて舞う桜の花弁と風にゆれる柳の葉の光景はなんとも優雅です。
このような柳に桜の取り合わせは、景色としてだけではなく工芸品にも写し取られて愛好され、柳と桜がそれぞれ描かれた一対の屏風や、図案化された柳桜の文様をもつ蒔絵や打掛などが現在に伝わっています。
この猪口の房のように見えるのは、柳の枝葉。桜の花から柳の枝葉が垂れているデザインになっています。片面には余白を多く残して1本の樹木が描かれ、その裏面には華やかに2本の樹木。どちらの面も優美で瀟洒な魅力に満ちています。内面は無文で、高台内には染付で二重の四角い枠の中に渦が書いてあり、渦福(うずふく、「福」字の田の部分が渦巻きのように書かれた「福」字銘)がさらに崩れた形式のようです。
作品名を「染付 枝垂桜文 猪口」とするのはこの文様を枝垂桜に見立ててのことです。
今回は、染付まで含めた柿右衛門展ということで、この猪口のように愛らしくも品のある、雅味あふれる作品を多数出展しておりますので、じっくりゆっくり雰囲気にひたっていただければ、と思います。職員一同、皆様のご来館をお待ちしております。