学芸の小部屋

2010年5月号

  「渦巻きと太湖石」


染付 草花文 瓶
伊万里
江戸時代(17世紀前期)
高:19.3cm


5月になりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
さて、今回ご紹介するのは、現在第 2 展示室の単体ケースに展示中の「染付 草花文 瓶」です。
この瓶、胴のふくらみが両手にすっぽりとちょうど良くおさまり、手放しがたくなる愛らしい一品です。頸の細かな文様や主文様の花文も丁寧に描かれています。
しかし、この瓶の文様ですこぶる謎なのが、中心に描かれた渦巻き。突然ブラックホールが出現したかのようにも見えますが、もちろんブラックホールとして描かれているわけではないでしょう。では、渦を車輪に見立てて花車と見る・・・これも強引ですね。一体何なのでしょうか。


私はこれは太湖石ではないかと考えています。
太湖石とは中国蘇州府の太湖(洞庭湖)に産する石灰岩の奇石で、湖水や風雨の浸食を受けて石の表面にくぼみや孔穴のある変わった形をしています。
太湖石の発見者は唐代の詩人、白居易(白楽天)であると言われ、宋代には峰に見立てて庭園に飾ったり、書斎の装飾品として用いられたほか、絵画や工芸品に表わされるなど、大変愛好されました。この大流行の背景には、単にその珍奇な形が喜ばれたというだけでなく、太湖石に道教的世界観が付与されたことが要因として挙げられます。すなわち、太湖石に複雑に空いた孔は、別世界への入口であると考えられ、孔がいくつも空いた太湖石は小宇宙の集合体とみなされるようになるのです。
中国の文人たちは、書斎に飾った山水画に心を飛ばして、市井にありながら俗世から精神を乖離させる隠遁術の一つとしたように、奇石にも別世界への入口を見たのでした。

もともと絵画や工芸品では、太湖石は楼閣山水画や花鳥画において庭園の景観として表わされていましたが、いつのころからか庭園図から花卉と奇石が分離して、セットで表わされた画題が展開します。しかも太湖石を前面に表わし、その背後から花が伸びるように表わされる構図が定型となり、普遍化していき、明代に発行された木版摺りの絵手本帖(絵画の教習本)などにも登場しています。
この太湖石と花文の画題の初現については明らかではありませんが、管見では元代の江南絵画が早い例でしょうか。やきものでも、元代の景徳鎮青花磁器には奇石の背後から芭蕉の葉や竹が伸びる文様の大盤があり、明代初期の景徳鎮磁器では牡丹や菊の花と奇石がセットになり、重層的な構図で表わされるようになります。

中国の影響を色濃く受けている日本の絵画や工芸品にもこの構図はとりいれられていて、伊万里焼でも初期伊万里以来、古九谷様式、柿右衛門様式、金襴手様式いずれでも、奇石の背面から花が伸びる構図の文様を見つけることができます。

描写からすると、まったく太湖石とは似ても似つかない「染付 草花文 瓶」の渦巻きですが、花卉との組み合わせや、花卉の手前に重なるように描かれているその位置に注目すると、この渦巻きはもとは太湖石であったのではないかと考えられるのです。ただ、伊万里焼の陶工には、太湖石がもつ意味などが理解できず、あるいは太湖石自体を認識できず、お手本に表わされた奇怪な物体を見て、渦巻きに変更したのかもしれませんね。

現在開催中の「初期伊万里 併設:朝鮮陶磁」では、今回ご紹介した作品のほかにも、奇石の背面に花卉が描かれている作品を展示していますので、ぜひ本器とともにご覧になってみてください。

参考文献:宮崎法子 『花鳥・山水を読み解く‐中国絵画の意味』 角川叢書  2003 年

(杉谷)
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