天気予報ではまだしばらく暑さが続くということですが、秋の虫はもう鳴き始めていますね。鈴虫や蟋蟀の音を聞くと少しは涼しい気分になりますけれども、引き続き熱中症には気をつけた方が良さそうです。今回は、小皿を2種類、ご紹介します。
左は17世紀中期の染付製品で、見込には川海老でしょうか、小さな海老が 2匹描かれ、その周縁にはロクロを回しながら線を引いたと思われる円や連続文様がめぐらされています。放射状に凹みがあるため、その部分は破線になって動きのある画面になっています。右は同じ時代の銹釉製品で、茶色い銹釉の上に白釉を重ね掛けして木目のような文様を表現しています。銹釉製品には陶器風を狙ったものが多いのですが、これは漆器の質感を出そうとしたものと思われます。いずれも5枚ずつの伝世です。それぞれ藍九谷、吸坂手と呼ばれて昭和40年代頃まで古九谷に分類されていました。
素焼の土型に粘土を押し当てて、上から叩いて十二角形に成形していますが、正確な十二角形ではなく各辺の長さが意図的に不規則になっています。色も文様も違いますが、写真をほぼ同じ角度にしてみましたので、比べてみてください。長い辺、短い辺の並び方が全く同じなのです。
バックナンバーでもたびたび書いているように、伊万里焼は分業で作られていました。粘土をこねる人、ロクロを回して丸く成形する人、それを型で変形させる人、呉須で絵を描く人、釉薬を掛ける人。 1つの工房に大勢の職人さんがいて、それぞれの工程を担当していました。同じ型押し職人さんの手で、同じ道具を使ってこの形が作られたのかもしれませんし(焼く時の収縮で多少、大きさの違いは出てきます)、あるいは同じ形の土型がいくつかあって何人かで作っていたのかもしれません。どちらにしても、とても薄くてしっかりとした造りですから、腕の良い職人さんがいる工房だったのでしょう。
この2種類の皿は途中まで同じ工程で作っていますが、同じ形のものをたくさん作っておいて、色を付ける段になって全く違う雰囲気の皿に仕上げるという方法は、元禄時代の金襴手の型物作りとよく似ています。型物の場合、成形・乾燥・素焼・下絵付け・本焼まで同じで、その後の上絵付けと金彩で違う製品になるということを 2009年1月号でご紹介しました。今回の小皿の場合、型で変形させて乾燥・素焼までが同じ工程です。実は今展示では出していないのですが、当館にはもう一種類、同形で意匠が違う銹釉・白釉重ね掛けの小皿5枚セットがありますから、世の中にはこの他にも同類品があると思われます。
このような効率の良い作り方がされているということは、 17世紀中期の伊万里焼がすでに産業として成熟していたということを示しているのでしょう。産業品と言うと美術的にはイメージが低くなりがちですが、「産業品だから質が悪い」のではなく、「産業品だからこそ質の良いものを安定生産していた」のです。
「古九谷展—伊万里色絵の誕生—」は今月26日(日)で終了し、27日から10月2日までは展示替えのため休館となりますので、ご注意ください。なお、9月20日敬老の日はシニア無料観覧日です。 65歳以上の方は、年齢がわかるものを受付でご提示ください。