師走に入って一段と寒くなってまいりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
現在開催中の『古伊万里展—肥前磁器の系譜—』も今月23日(木祝)までとなります。
今回ご紹介するのは、藍九谷(※1)の五寸皿です。17世紀中期、伊万里焼の製磁技術は初期の段階から脱して、新たな技術・表現を獲得し、呉須による絵付けを行う前に素焼きをしたり、表面に灰などが付着しないよう匣鉢(さや)と呼ばれる箱に入れて焼成する方法が採られるようになりました。型打ち成形や縁銹(ふちさび)を施すのも1640年代頃から増加する技術です。薄く軽い器体、パリッとした白磁、鮮やかな発色の染付、捻花形(ねんかがた)と呼ばれる襞状に作られた口縁など、この皿には17世紀中期の染付の特徴が顕著であり、新しく獲得した技術を駆使して丁寧に作られた作品であることが分かります。
当時珍重されていた中国磁器と同じ形を目指して、高台径を広く作るようになるのも、この頃から見られる伊万里焼の特徴です。ただし、中国景徳鎮窯で用いられていた陶石と、有田泉山で産出される陶石の成分の違いからか、伊万里焼では高台を広くすると中心がへたってしまう(※2)という問題がありました。有田の窯址からは、焼成中に高台の中心がへたってしまったために破棄された陶片も少なからず発見されています。このヘタリを防ぐには、一つには高台径を小さくする方法、そしてもう一つにはハリ目と呼ばれる支焼具(ししょうぐ)を用いる方法があります(※3)。初期伊万里では、朝鮮半島の製磁技術を踏襲して高台径が口径の3分の1ほどの小ささであるという特徴がありますが、まだ支焼具を用いて焼成する方法が開発されていない段階において、ヘタリを防ぐ目的もあったのでしょう。
本器では、ハリ支えによる焼成方法が用いられており、高台内の「福」字銘の左枠に小さな目跡(めあと)が1ヶ所残されています。このように、伊万里焼ではせっかく記した銘の上に目跡が残されていることも少なくありません。それは、焼成前の釉薬は不透明であるため、染付による絵付けは完全に隠れてしまい、窯詰めの際に銘の有無が確認できないためと考えられます。分業生産の産物ともいえます。 高台内に熔着したハリ目 17世紀中期 山辺田窯出土 そして、高台径を広くするためにはハリ支えが必須であるとは言え、目跡がうつわに残された疵であることには違いありません。量産品の伊万里焼では、いくつもの大きな目跡が残されていたり、中にはハリそのものが付着したまま製品となっているものもありますが、本器のように上手の作品では目跡はできるだけ小さくなるように気を遣われています。ちなみに、将軍に献上するための特別なうつわである鍋島焼では、木盃型(もくはいがた)という独特の形の皿が作られていますが、それはどんなに小さくとも目跡という疵を残すことが許されなかったために、高台径がやや小さく作られていると考えられています。
ところで、日本、中国、朝鮮半島には目跡の残されているやきものが数多くありますが、支焼具を用いる目的は、いずれも、焼成時に釉薬が溶けて他のうつわや窯床などに熔着してしまうのを防ぐためです。例えば、重ね焼きをする場合にうつわとうつわの間に団子状の支焼具を挟んだり、うつわ全体に隈なく釉薬をかけて総釉とする場合に支焼具で宙に浮かせて焼成するのです。
前者の焼成法は中国において早くも春秋時代に原始青磁と呼ばれる灰釉陶器を生産した窯において行われおり、浙江省徳清県の火焼山窯址からは支焼具として托珠と呼ばれる粘土の粒が大量に出土しています。中国古代に始まる支焼具を挟む重ね焼き技法は、10世紀ごろ朝鮮半島に伝わり、さらにそれが唐津焼や草創期の伊万里焼へと伝承され、胎土目積みや砂目積み技法として用いられています。このような重ね焼き技法は、うつわの内側に目跡が残るため、基本的に雑器に用いられる技法であるといえます。
逆に総釉とする焼成方法は、北宋時代の汝窯やその後の南宋官窯で作られた青磁に代表されるように、特別丁寧に作られる場合に多く用いられています。胎土を一切見せないように全面に美しい釉薬を掛けることは、中国の青磁が求めた究極の美だったのでしょう。日本では桃山時代の楽焼において総釉の碗に支焼具を用いて焼成した例があります。
これらに対して、ヘタリを防ぐために支焼具を用いるのは伊万里焼以外に例がないようで、伊万里独特の技法ということができます。泉山陶石を使って広い高台のうつわをつくるために試行錯誤した末、既存の支焼具を発展させて生み出した焼成技法なのでしょう。
なお、12月24日(金)〜2011年1月3日(月)までは展示替えのため休館、新年1月4日(火)からは『鍋島展—献上のうつわ—』がはじまります。こちらもどうぞお楽しみに!
※1 藍九谷・・・伊万里焼のうち、古九谷様式と同様の様式をもつ染付磁器に対する通称。
※2 へたる(動詞)・・・ロクロ挽きの際や焼成中に、形が崩れ、器体がぐにゃりと垂れ下がること。「ヘタリ」と名詞的に使うこともある。
※3 支焼具・・・陶磁器を焼成する際に、うつわを支える道具。「目」ともいう。その材質や形態により、胎土目、砂目、ハリ目などがある。うつわに残る支焼具を取り外した痕跡は「目跡」。ハリ支えの場合、ハリとは、胎土と共土で作った円錐状の目で、うつわとハリの接地面積を小さくすることで容易に取り外すことがでる。