学芸の小部屋

2011年5月号

「染濃みと瑠璃釉」

庭や街路樹の新緑が目に鮮やかな五月になりました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。ゴールデンウィークを挟んだため、『学芸の小部屋』の更新が遅くなってしまいました。申し訳ございません。戸栗美術館では、現在、『青磁の潤い 白磁の輝き』展を開催しています。第3展示室では、青磁や白磁以外で、色のついた釉薬をもつ伊万里焼を出展していますが、今回はその中から、「染付 水仙文 皿」をご紹介いたします。

染付 水仙文 輪花皿 伊万里
高3.4㎝ 口径14.6㎝ 高台径9.7㎝

 この作品では、見込(みこみ)中央の白地の菱形の枠内に、染付で水仙を描き、その外周を濃い藍地、最外周を淡い藍地としています。一見すると、濃い藍地の部分と淡い藍地の部分は、青料の濃度が異なるだけで同じ技法で彩色しているように見えますが、実際は濃い部分は「染濃み(そめだみ)」、淡い部分は「瑠璃釉(るりゆう)」であるという技法上の違いがあります。

 「染濃み(そめだみ)」とは、ある程度の面積を染付で塗りつぶす技法のことです。染付ですから、染濃み部分の断面は、素地の上に青料、その上に透明釉の層ができることになります。一方、瑠璃釉は透明釉の成分に酸化コバルトを調合したものであり、色のついた釉薬のことです。そのため、瑠璃釉部分の断面は、素地の上に青い釉薬の層があることになります。しかし、完形品からはどのような断面をしているのか見ることができませんし、もちろん割ることもできないため、その部分が染濃みの技法によるのか瑠璃釉が施されているのか判断するのは難しいと言えます。

  染濃みの場合、筆跡が残っていたり、瑠璃釉の場合は釉だまり(厚くかけられた釉薬が焼成中に流れてたまったところ)があることで、判断の手掛かりとなるものもあります。また、色釉の場合は、裏面まで同じ釉薬がかかっているものが多く、本器でも前面・裏面ともに瑠璃釉がかかっています(高台内は透明釉)。さらに、瑠璃釉と染付は同系色とはいえ、まったく同じ色調で発色させることは困難ですが、染濃みは染付の一技法ですので、描画した部分と、塗りつぶした染濃み部分とで、大きく発色が異なることはありません。本作品では、水仙の文様部分と、窓枠外周の濃い藍地の部分はほぼ同じ色合いであることから、外周部分が染濃み技法で表されていることの一つの証左となっているのです。

また、前回の学芸の小部屋において青磁染付の製作手順について、いろいろな可能性があることに触れましたが、本器でも瑠璃釉と染付線が重なっている部分があり、どのような手順で製作されたのか、一考の余地があります。
作品を観察してみると、表面の如意頭形の輪郭線の発色は濃く、裏面の圏線は淡い発色なので、表面は瑠璃釉を施したのちに染付線を描き、裏面は染付線を表したのちに施釉したのかもしれません。ただし、染付はある程度の厚みのある釉薬に覆われていないと鮮やかな青色に発色せず、黒くなってしまうという性質があるので、青磁ほど釉層の厚くない瑠璃釉では、前者の方法は難しいかもしれません。当時の製作手順はやはり謎のままです。

(杉谷)
Copyright(c) Toguri Museum. All rights reserved.
※画像の無断転送、転写を禁止致します。
公益財団法人 戸栗美術館