早いもので2011年も残すところあと1か月。歳末の何かと慌ただしい季節となりました。戸栗美術館では今月23日(金祝)まで『海を渡った伊万里焼展—鎖国時代の貿易陶磁—』を開催しています。
さて、今回は階段ケースに展示している、伊万里焼のティー・ポットと、中国景徳鎮窯のティー・カップをご紹介いたします。
左:「五彩 草花文 輪花杯」景徳鎮窯 清時代 高4.7cm 口径7.1cm
右:「色絵 牡丹文 水注」伊万里(柿右衛門様式) 江戸時代(17世紀後半) 通高15.0cm
伊万里焼の輸出を一手に引き受けていたオランダと王室に姻戚関係のあったイギリスでは、17世紀後半にはオランダを経由して伊万里焼が多く運ばれましたが、18世紀になるとイギリスインド会社が中国と直接交易をするようになったため、伊万里焼よりも中国磁器を多く受容するようになりました。紅茶王国・イギリスでは、ポットやカップが特に多く伝えられていますが、このような東洋磁器受容の経緯や、あるいは当時の人々は中国と日本を区別せず“東洋”として捉えていたこともあり、写真のように伊万里焼のポットと中国景徳鎮窯製のカップを組み合わせて茶を楽しむこともあったものと考えられます。
茶は、磁器と同様に、大航海時代の流れの中でヨーロッパが出会った東洋産の新規の飲料であり、1610年にオランダ東インド会社の船が平戸からインドネシアのバンテンを経由して持ち帰ったのが現在確認されている最初の記録です。当時日本で生産されていた茶はいずれも不発酵茶、すなわち緑茶ですから、このとき運ばれた茶も緑茶であったと考えられます。日本が初めて紅茶生産に取り組んだのは明治7年のことで、輸出製品としての開発を迫られてのことでした。一方、中国では発酵茶=紅茶は早くも宋代に発明されていたといい、清代には福建省の正山小種(ラプサンスーチョン)や安徽省の祁門(キームン)が開発され、とくに祁門は世界三大紅茶として知られるようになります。中国との交易を通して、ヨーロッパには緑茶や紅茶のほかに、白茶の銀針白毫(ペコー)などももたらされるようになりましたが、18世紀前半の段階においてはまだ、イギリスでは紅茶よりも緑茶の方が輸入量が多く、緑茶の方が一般的な飲料として受け入れられていたといいます。紅茶の割合が増えてくるのは18世紀中ごろからとのことですから、今回紹介するポットやカップに入れられたのは、紅茶ではなく緑茶であった可能性が高いといえます。
当時のティー・カップは基本的に写真のように小杯形で、把手(とって)がありません。ヨーロッパの人々が緑茶を飲むためのうつわとして、日本や中国にカップを求めたのであれば、煎茶碗などをモデルとして把手のないうつわが作られたのは必然だった言えるでしょう。ところが、それまで水やエール、ワインやビールなどの冷たいものを主飲料としていたヨーロッパの人々にとって熱い飲料は未知との遭遇であり、飲みづらかったらしく、当時の人々は、カップに口をつけて飲んだのではなく、冷めやすいようカップからソーサー(受け皿)に茶を流しいれ、ソーサーに口をつけて飲んだといいます。
しかし、この景徳鎮窯のティー・カップは、ソーサーを伴っていません。伝世する過程でソーサーのみ失われた可能性もありますが、当初からカップだけであった可能性もあります。17世紀後半の西洋絵画には、ソーサーを伴わないでカップのみをもっている人物の絵画も知られています。また伊万里焼の例ではありますが、オランダ東インド会社に残された輸出記録によると、カップの方がソーサーよりも多く運ばれており、飲茶の際に必ずしもソーサーを使用していたわけではないことが分かります。
1701年アムステルダムで上演された「ティにいかれた御婦人たち」という喜劇の中ではソーサーから音を立てて茶をすする婦人たちの様子が風刺的に描写されています(角山栄『茶の世界史』中公新書2006 p.26より)。儀礼的な作法でありながら、音を立てて飲むことを少し下品にも感じている当時の人々の感覚にうったえているのでしょう。したがって、当時、皆が皆、ソーサーから茶をすすったわけではなかったようです。
その後、カップをもったときの熱さを防ぐため、あるいはエールやビールのジョッキから想を得てなど諸説ありますが、18世紀後半には把手付きのカップが登場し、飲み方も現代風に変化していきました。
写真のようにカップとポットを並べてみると、東洋の磁器製でありながら、洋風の雰囲気を多分に醸しており、これらの茶器を囲んで、貴婦人たちがおしゃべりに高じた当時のティー・パーティーの情景を想像するだけでも楽しい気分になってきます。
12月24日(土)〜2012年1月3日(火)までは展示替えのため休館、新年1月4日(水)からは『祝福のうつわ展—伊万里・鍋島名品撰—』を開催いたします。新年にふさわしくおめでたい文様に彩られた伊万里焼、鍋島焼を展示いたします。みなさまのご来館を職員一同お待ちしております。
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