新年度になりました。桜の開花が待ち遠しい今日この頃ですが、みなさまつつがなくお過ごしのことと存じます。
さて、戸栗美術館は現在、館内整備のため休館中です。次回展は4月28日より『開館25周年記念特別展 柿右衛門展』を開催いたします。今回は、その中から『色絵 人物舟遊文 皿』をご紹介いたします。
桃花でしょうか。画面の右端には五枚の花弁に長い雄蕊をもつ花樹。その岸辺近くに、小舟に乗った二人の人物。舟を漕ぐ僕童と主人のように見えます。遠景には雲間に建物の屋根と旗。「人物舟遊図」と題される柿右衛門様式の代表的な画題の一つです。「粟鶉図」や「竹虎図」「甕割図」などの他の代表的な作品と比較すると、赤の細線による水面の描写や、淡い赤濃(あかだ)みと上絵の青を用いた雲の表現が特徴的です。
同様の描写による「人物舟遊図」の作品は、現在複数知られていますが、文様・構図などはそれぞれに少しずつ異なっています。そのうちの一つに、蓮池で蓮採りをしている図から周茂叔の『愛蓮説』(※1)を画題としたと考えられている有名な作品があるため、同様に本作も周茂叔と関連付けて説明されることが少なくありません。しかし、本作には『愛蓮説』の主題である「蓮」が描かれていないのです。このことから、改めて「人物舟遊図」の画題、イメージソースについて考えてみたいと思います。
「人物舟遊図」は中国明時代に出版された絵手本『八種画譜』を粉本とした構図であるとして、しばしば指摘されています(※2)。しかし、似てはいても、完全な原図をそこに求めることはできません。同時代の伊万里焼には、『八種画譜』のほか、景徳鎮窯の古染付や祥瑞と呼ばれる青花磁器などをモデルとしている作品がありますが、文様中の登場人数や小物が描き変えられるなど、アレンジが施されるのが一般的です。伊万里焼では、本来の画題から離れて自由に構図を組み直し、文様が描かれているため、時には画題の内容からすると重要なモチーフが抜けてしまうなんてことも起こり得ます。
すなわち、現在伝わっている様々な「人物舟遊図」は、いずれもこの『八種画譜』(『五言唐詩画譜』「渓上」)をスタートとしているものの、それぞれに日本独自のアレンジが施されることで枝分かれして、いくつかの文様が作り上げられたものと考えられます。そのアレンジの一つとして周茂叔を描き足して『愛蓮説』の要素を加えたものがあり、また別のアレンジとして当館所蔵の本作があるのではないでしょうか。本作の文様については、『五言唐詩画譜』のうち、「渓上」のほか、さらに桃花の描写などから「岸花」の要素を組み合わせて文様が作り上げられているように見受けられます。
スタート地点が同じであるために、高い近似性を保ちつつも、アレンジによって異なる画題に仕上げられているそれぞれの「人物舟遊図」。そのように考えると、本作には兄弟がいるようにも思え、想像を膨らませながら鑑賞するのも楽しく感じます。
次回展『開館25周年記念特別展 柿右衛門展』では、本作も出展いたします。どうぞじっくりご覧いただき、絵筆の妙技をご堪能いただければと思います。同展では当館所蔵の柿右衛門様式に加え、無形重要文化財(人間国宝)の14代酒井田柿右衛門氏の作品も一堂に展観いたします。みなさまのご来館を職員一同お待ちしております。
※1『愛蓮説』とは・・・
中国北宋時代の儒学者で宋学の開祖・周茂叔(しゅうもしゅく 1017-73)が、濁った政治を嫌い、泥中にあって清らかさを失わない蓮を愛でて詠んだ詩。その中で、菊は隠逸の花、牡丹は富貴の花、蓮は君子の花と表しています。中国文化に深く傾倒していた室町時代以降、『愛蓮説』を含む中国の故事等が知識人の間で浸透し、絵画や工芸品の題材としても採りあげられるようになりました。江戸時代後期、安政2年(1855)に出版された「形物香合番付」にも西二段目に「染付周茂叔香合」の名が挙がっています。
※2
・斎藤菊太郎「古九谷山水図と八種画譜(1)(2)」『陶説』186号、187号 日本陶磁協会 1968年9月、10月
・荒川正明「肥前磁器と『八種画譜』—古九谷様式における人物意匠の背景」『出光美術館研究紀要』第5号 1999
・『柿右衛門と鍋島』財団法人 出光美術館 2008 など
(杉谷)