五月になり、毎日汗ばむような陽気が続いていますが、皆さまつつがなくお過ごしのことと存じます。
さて、戸栗美術館では、先月28日より『開館25周年記念特別展 柿右衛門展』を開催しています。今回はその中から、創設者である故・戸栗亨(1926~2007)の生前最後の蒐集となった「色絵 鶏 置物」をご紹介いたします。
夜明けを知らせているのでしょうか。やや上を向き、嘴を大きく開いた凛々しい雄鶏からは、今にもコケコッコーと聞こえてきそうです。
柿右衛門様式は、染付を伴わない純白の磁肌に、赤色を主とした軽やかな上絵付けが施されていることが特徴です。本作でも、羽毛部分に一部白地を残しながら、黒で輪郭線を引き、赤・黄・緑・青・黒で羽根を塗り分け、デザイン化した鮮やかな色彩が目を引きます。一方で、鶏冠や肉垂(にくだれ、嘴の下の部分)などの部位では鳥肌らしいつぶつぶまで表現していたり、岩の質感を出すために台座部分は無釉のまま残すという工夫を施しており、写実性も追求しているように見えます。全体的にデザイン性と写実性が見ごとに調和した優品と言えます。
このような伊万里焼の置物は、主に西欧への輸出製品であり、その多くが土型を用いて成形されています。そのため同じ形姿の類品がいくつか存在することが知られていますが、そのうちの1つが英国バーリー・ハウス・コレクションにあります。
1587年エリザベス一世の寵臣ウィリアム・セシル卿によって建造された居城、バーリー・ハウスには、多くの王室や貴族の城館と同じく、英国やオランダで買い求められた陶磁器が多数収蔵されています。その中で、バーリー・ハウスについて特筆すべきことは、第5代伯爵が1688.年に財産目録を残していることです。この貴重な資料により、1688年時点で英国にもたらされていた東洋磁器の様相を知ることができるのです。そして、この目録の中には、“2 painted Cocks”という記載があり、これが現在もバーリー・ハウスに所蔵されている、本作の類品であると考えられています(※)。
また、この目録には、ほかにも”1 white Cock”や”2 Birds upon Rocks”という記載もあり、前者はやはり同時代の伊万里焼で、羽毛を白磁のまま残したやや小ぶりの鶏の置物、後者は中国徳化窯産白磁の鶏の置物に該当すると考えられており、鶏は当時の室内装飾品として好まれたモチーフの一つであったことが分かります。
『開館25周年記念特別展 柿右衛門展』は、今月末までです。本作と同様に、貴族の居城を彩ったであろう、柿右衛門様式の婦人像や獅子の置物なども展示していますので、併せてご覧ください。また、第1展示室では、柿右衛門窯より借用した14代酒井田柿右衛門氏の作品や、柿右衛門家に伝わる古文書なども展示しています。お見逃しなく。
なお、6月10日からは『初期伊万里展—日本磁器のはじまり—』が始まります。こちらもどうぞご期待ください。
※バーリー・ハウスにおける東洋磁器の蒐集は、1688年以後も長きにわたり続けられたと言われていますし、一方で1888年と1959年にはコレクションの一部が売り立てられていますので、現在所蔵されている作品と目録記載のものが同一品かどうかについては、検討を要します。
【参考文献】
・大橋康二, 鈴田由紀夫, 古橋千明編『柿右衛門様式磁器調査報告書 : 欧州篇』九州産業大学柿右衛門様式陶芸研究センター柿右衛門様式磁器調査委員会 2009
・Lady Victoria Leatham ” Burghley House”, Burghley House, Stamford, 1985
・Impey, O. R. "Japanese Porcelain at Burghley House: The Inventory of 1688 and the Sale of 1888." Metropolitan Museum Journal, Vol. 37 , 2002
(杉谷)