年々夏の暑さが増しているように感じられる今日この頃。夏本番を迎え、日差しが堪える季節となりました。皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
今回ご紹介する「染付 人物文 瓢形瓶」は、しなる竹の表現や、要所の薄濃みの施し方などに見られる筆さばきが軽妙であり、同時代の伊万里焼の中でも特に画技に優れている逸品です。文様には、竹林を舞台として、右足を上げた軽快なポーズで瓢箪から馬を生じさせている人物が描かれており、ことわざ「瓢箪から駒が出る」(※1)を主題にしているとみえます。
このことわざは、中国唐代の道士であり、八仙の一人にも名を連ねる張果老(ちょうかろう)が、白いロバに乗って一日に数万里を移動し、休む時はロバを紙のように折りたたんで巾箱の中にしまい、乗る際には水を吹きかけてもとの姿に戻したという故事・伝説に由来していると言われています。日本において、いつの間にか「巾箱」が「瓢箪」に、「白いロバ」が「駒(小馬/若い馬)」に変化してことわざとして定着しました(※2)。この作品の生産年代とほぼ同時期に刊行された仮名草子『尤之双紙』(寛永9=1632年)や俳諧『毛吹草』(寛永15=1638年)にもその用例をみることができます(※3)。
この張果老という人物(仙人)については、唐代~五代にかけて奇術を操る方術士として多くの故事が形成され、金~元時代になって信仰の対象として八仙の一人に組み込まれていきました。それにより、さらに多くの故事・伝説が形作られるとともに、壁画や工芸品に表されるほか、雑劇や詩にも取り入れられる人気の題材となりました。現在では、白いロバに後ろ向きにまたがり、法具として「魚鼓(ぎょこ)」という竹筒に箸が刺さったような形の打楽器を持つ老人の姿が張果老のイメージとして定着しています。しかし、このイメージがいつ形成され、普及していったのかはあまりはっきりしていません。少なくとも元代~明代にかけては、様々な姿の張果老が表されており、附属物についても、白いロバや魚鼓のほか、ロバが変化した折り紙状のもの、竹の杖、驢扇(ろせん)と呼ばれる法具の扇子など様々あります(※4)。ただ、魚鼓も竹製であることを考えれば、いずれにせよ「竹」と「ロバ」が張果老のキーワードであるといえます。
さて、作品に立ち返ってみると、本作品には、瓢箪から駒を出す人物のほかに、もう一人白髪の老人が表されています。瓢箪から登場した駒に驚きおののく観客=エキストラと見なすこともできますが、竹杖を持っていることから、やはりこの人物もまた張果老であると読み取れます。江戸前期の時点で、巾箱は瓢箪に、ロバが駒に変化していることを考えると、どの程度中国での張果老のイメージが採り入れられていたのかは分かりませんが、絵巻の異時同図法のように、一つの瓶の中で張果老の二つの特徴を描き出しているとすると、非常に奥深い含蓄のある作品だといえます。
また、張果老の故事を描き出しているだけでなく、器形自体も瓢箪形をしている本作品。もしかするとこの瓶の中でも駒が眠っているかもしれない・・・そんな想像も許してくれ、機知に富んでいます。
※1 「瓢箪から駒が出る」=意外な所から意外の物が出ることのたとえ。冗談半分のことが事実となってしまう場合などにいう。
※2 管見では、中国において、(八仙ではなく)張果老だけに由来する成語は知り得ておらず、「瓢箪から駒が出る」は日本独自のことわざと考えられます。
※3 日本国語大辞典参照
・『尤之双紙』下巻・十四「…ひょうたんから駒はいでねども、身をまんじてくすむ人もあり」
・『毛吹草』五「へうたんの駒も出べき春野哉〈良伝〉」
なお、『毛吹草』には“今利ノ焼物”という記述もあり、伊万里焼の語句が初出の文献としても知られています。
※4 呉光正「道教与文学互動関係個案分析—張果老故事考論」『哈爾浜工業大学学報(社会科学版)』 2003年第9期
(杉谷)