長かった夏が過ぎ、芸術の秋が到来しました。みなさまいかがお過ごしでしょうか。当館では10月7日(日)より12月24日(月祝)まで、「古九谷名品展—躍動する色絵磁器—」を開催します。館蔵の古九谷様式の伊万里焼を一堂にご覧いただける展示となっています。
今回は出展品の中から、「色絵 花卉文 水注」をご紹介いたします。本作は直方体の形をした水注で、一方の面には花卉と雲文、他方の面には草花と宝尽くしの文様が描かれています。製作年代としては17世紀中頃、伊万里焼の輸出が始まり、色彩や意匠にも変化が見られ始め、古九谷様式が終焉に向かう時期の作品にあたります。そのため、黒の輪郭線をしっかりと描きこみ、緑や黄を主体とした色使いには、古九谷様式の名残が感じられますが、角に配した赤の太い縁取りや、趣向を凝らした器形からは、古九谷様式の範疇を脱した次世代の色絵磁器の特徴を看取することができます。
本作のみどころは、そうした様式の変わり目という過渡的な面白さもさることながら、大胆な「傷隠し」にあると言えます。傷隠しとは、焼成時に生じてしまった傷を隠し、補強するために、濃い上絵の色を塗る手法のこと。
焼成時にできる傷やひび割れは、焼成温度の急激な変化や、製品の素地の中に空気が混入していたり、素地の厚みが極端に不均一であることが主な原因であり、素焼きや色絵の焼き付けなどよりも焼成温度の高い、本焼き時に生じやすくなります。実際、窯跡の発掘調査では、登り窯の付近で「物原」と呼ばれる焼き損じ品の廃棄場所が見つかることが多く、本焼焼成で失敗した製品や窯道具などが土中から折り重なって出土します。一度焼成したやきものは、もう粘土には戻すことができないため、このように廃棄処理されるほかなかったのです(※)。しかし、廃棄処理されるとなると、原料やそれまでの工程の手間暇が無駄になってしまいます。そこで、本焼きの段階で破棄される作品の数を減らし、多少の傷は上絵の具でカバーすることで製品化しようという工夫、「傷隠し」が行われるようになりました。
さて、本作のどこに傷隠しが行われているのかというと、直方体の胴部の真ん中です。縦に大きな傷が入っているのを、葉の葉脈に見立てて絵付けが施されています。同時代のその他の作品を見てみても、これほど目立つ位置の大きな傷隠しはなかなかありません。それにもかかわらず、本作が破棄されることなく現在まで残され伝えられているのは、この変わった器形の成形が難しく、成形までの段階ですでに多大な労力が払われただろうことなどが理由かと想像されます。
伊万里焼における傷隠しは、17世紀中期の色絵の誕生と同時に始まり、成形や焼成の技術が高まる17世紀後半には作例が減りますが、製品の質より量産へ意識がシフトしていく18世紀の中ごろからまた割合が増えてくるように見受けられます。
「古九谷名品展」の他の出展品の中にも傷隠しを見つけることができます。陶工からすれば注視されたくない箇所かもしれませんが・・・江戸の職人技を探して味わってみてはいかがでしょうか。
※近年では廃陶磁器をリサイクルして陶磁原料とする技術が美濃地方で発明されています。
※※傷隠しについては、学芸の小部屋2005年1月号でも触れています。併せてご覧ください。
(杉谷)