学芸の小部屋

2013年6月号

「19世紀の金襴手様式」

色絵鶉鶴草花文皿 伊万里 
江戸時代(19世紀)
高7.7㎝ 口径45.7㎝ 高台径23.5㎝

 初夏の明るい陽気が続く今日この頃。皆様、いかがお過ごしでしょうか。

 現在、戸栗美術館では「古伊万里金襴手展 ~元禄のきらめき~」を開催中(6月23日まで)。第1・第2展示室では、町人文化の栄えた江戸中期に成立した古伊万里金襴手様式のうつわを中心に約80点を展示。特別展示室では、その後、江戸後期から幕末・明治にかけて受け継がれ様々に広がりを見せた金襴手様式のうつわをご紹介しております。

 今回取り上げるのは、江戸後期(19世紀)に作られた「色絵 鶉鶴草花文 皿」(特別展示室出展中)。金襴手らしく全体に色絵付けと金彩が施された華やかな大皿です。当時流行した大人数で皿を囲む宴の場で使われていたのでしょう。江戸中期の金襴手様式を受け継ぎながら、19世紀に入って新しく盛り込まれた表現を見る事も出来ます。

 まずは、文様の色彩表現に注目しましょう。江戸中期の金襴手様式を継承し、赤や緑で濃厚な色絵付けを施しています。更に本作には、それまでになかった黄緑・薄黄・ピンクといった原色に白を混ぜたような明るい色彩も使われています。これらは18世紀末から見られ、同時代の清朝磁器の粉彩技法を模倣したものと考えられています。
また、色絵の具を盛り上げるようにふっくらとのせる新しい技法も用いられました。白絵の具を使う場合は白盛りとも呼ばれ、本作では鶴の下に白い波文様を描いています(図1)。同じく特別展示室出展中の「色絵 山水花鳥文 皿」の桜花は、花1つ1つにピンクがかった白絵の具をたっぷりとのせ、表面の質感を凸凹とさせて立体感のある画面に仕上げています(図2)。この技法は19世紀を通して用いられました。


左:(図1)本作より部分抜粋
右:(図2)
「色絵 山水花鳥文 皿」より部分抜粋
伊万里 江戸時代(19世紀)
口径56.5㎝
(特別展示室出展中)







 

本作の裏面は、4艘の船が進む海の情景を描いています。ちなみに、大きく割れてしまった部分はかすがいで留めてあります。江戸中期の国内用金襴手製品の多くは、裏文様も染付・色絵付け・金彩を施して色鮮やかに仕上げているのに対し、本作は染付のみを用いています。また、文様は随分とおおらかなタッチで描かれています。このような裏文様の簡略化は、19世紀の金襴手製品に共通して見られる特徴の1つ。また江戸中期にはうつわの内外共に染付を用いているのに対し、19世紀中期以降はほとんど染付を伴わない製品も少なくありません。

地文様にも江戸後期の特徴が表れています。本作では、窓絵の周囲を赤地に塗った上から地文様として金唐草文を描き埋めています。所々金彩が擦れ落ちて素地が見えている部分から、赤地に白抜きで唐草文を表わし、その上から金彩を施している事がわかります。江戸中期にも同様の技法が用いられていますが、金唐草文の形状は異なります。バランスよく流れるような曲線で描かれていた江戸中期の金唐草文(図4)は18世紀中頃から変化が始まり、羊歯の葉状に中心の茎の同じ位置から両側に連続して葉が出る形(図3)になりました。この江戸後期独特の金唐草文は、19世紀に入り大皿に限らず様々なうつわに描かれました。




左:(図3)本作より部分抜粋
右:(図4)
「色絵 雪輪亀甲文 桃形皿」より部分抜粋
伊万里 江戸時代(18世紀前半)
口径21.2×20.2㎝
(第3展示室出展中)








(図5)
「色絵 梅匂欄文 皿」
伊万里 江戸時代(18世紀前半)
口径31.5cm
(第2展示室出展中)


 最後に、本作に描かれた文様の構図に注目しましょう。見込中央に主題を描いた変形窓を設け、その周囲に窓絵や文様を交互に配置しています。「色絵 梅匂欄文 皿」(図5)に描かれた構図と比較すると、見込中央に窓を設け周囲に文様を規則的に配している点が共通しています。江戸中期の金襴手様式の構図が、19世紀の金襴手様式にも受け継がれていたと言えるでしょう。ただし、見込中央の窓の形には明らかな違いがあります。本作に見られるような変形窓は18世紀末頃から描かれ始め、窓の形・大きさ・配置など、より自由な発想で創造性溢れる構図が生み出されました。

 このように、作品の特徴を詳しく見て、時には比較する事によって、様式が時代の要求に応じて少しずつ変化している事がわかります。同時に、伊万里焼の技術が頂点に達した江戸中期の金襴手様式の華やかな雰囲気は変わらず受け継がれている事も見て取れます。
本展では是非、第1・2展示室の出展品と特別展示室の出展品、制作年代の異なる作品をあわせてご鑑賞下さいませ。似ているようでどこか違う…どこが違うのか、といった切り口でご覧いただきますと新しい発見もあり、作品への理解も深まる事と思います。


(竹田)

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