学芸の小部屋

2013年7月号

「有馬筆茶入」


染付唐草文人物鈕茶入(そめつけ からくさもん じんぶつちゅうちゃいれ)
伊万里
江戸時代(17世紀前半)
通高9.2㎝ 口径3.7㎝ 底径4.5㎝

だんだんと夏本番に近づいてまいりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。7月6日(土)より開催の企画展「小さな伊万里焼展~小皿・猪口・向付~」では、小さなサイズの伊万里焼に凝らされた趣向をご堪能いただく展示になっています。
今回は、出展品の中から、「染付 唐草文 人物鈕茶入」をご紹介いたします。

蓋と身の大きさが等しく、合口がぴったりとそろう円筒状の蓋物で、薄茶を容れる茶入れ、中次(なかつぎ)の形をしています。側面に大きく描かれた唐草文も蔓の動きが軽妙で目を引きますが、本作の一番の注目ポイントは何といっても蓋の中央に鎮座する鈕(つまみ)でしょう。
中国人とみられる小さな人物がひょっこりと立っている造形が何ともユーモラスです。漢服をまとい、拱手(きょうしゅ)しているのでしょうか。2.0cmほどの小ささながら、顔は釉薬をかけず焼き締めとし、幞頭(ぼくとう)のような帽子(冠)と上衣には銹釉が施され、下裳は透明釉をかけて白磁とするなど、職人の手わざが光っています。

同じように小さな豆人形の鈕をもつものとしては、安政二(1855)年の「形物香合番付」(※1)で西二段目二十位に列せられる、呉須染付(中国南方産)の「有馬筆香合」が有名です。有馬筆とは、筆を立てると軸から人形が飛び出す仕掛けになっている有馬温泉(兵庫)の土産物。この香合は、鈕が有馬筆の人形に似ることからその名を得ています。
「形物香合番付」は19世紀中頃の幕末のものですが、それより約200年前にはこの香合は日本に伝来していたことが分かっています(※2)。そして伊万里焼の「染付 唐草文 人物鈕茶入」は、この「有馬筆香合」に着想して、茶人から特別に注文された中次であろうと考えられます。

というのも、本作が作られた17世紀前半という時代、国内の評価では磁器の最上は中国ものであり、誕生して間もない日本初の国産磁器・伊万里焼にも中国磁器をお手本とした製品や中国風のデザインを取り入れたものがしばしば注文されていました。
また、中次は基本的に木地製のシンプルな形状が多いのに対し、磁器製(伊万里焼)でなおかつユニークな鈕が付された本作は、伊万里焼としても茶道具としても一風変わったモノということができ、特別注文による製品であろうと推測できるのです。
となると、本作は「有馬筆茶入」と名付けることができるでしょうか。

この一風変わった「有馬筆茶入」を注文した茶人はどんな人だったのでしょうか。茶事においてはさぞや客人の眼を楽しませ、話題となったことでしょう。亭主の機知に富んだ遊び心が想像され、鑑賞するだけで楽しい気持ちになります。

今展示では、「小さくてかわいい・楽しい」作品を多数展示いたします。皆様それぞれのお気に入りをぜひ探してみてくださいね。

※1 江戸後期頃から流行した相撲番付にならった見立番付の一つ。
※2 野村美術館所蔵の有馬筆香合は、小堀遠州とも親交のあった松花堂昭乗(1582-1639)伝来。



(杉谷)

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