学芸の小部屋

2014年1月号

「前期鍋島の試行錯誤」

色絵 七宝菊文 稜花皿
江戸時代(17世紀後半)
高4.1cm 口径21.3cm


 新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。さて戸栗美術館では1月7日より『鍋島焼と図案帳』展を開催いたします。今回はその中から第1展示室に出展の「色絵 七宝菊文 稜花皿」をご紹介いたします。

 赤い輪郭線の大きな七宝繋文を皿の上下に配し、その間に菊を描いた皿。七宝繋文の内部には陽刻の葉文や唐花が配され、更紗にも通じるような異国情緒を感じさせる文様である一方、画面を自在に分割しその隙間から何かの場面・情景を見せる配置は、どこかやまと絵の源氏雲のようでもあります。また、菊はつぼみや裏向きの花を織り交ぜ、地面から生えるよう、写生風に描かれており、幾何学的な七宝繋文とは好対照をみせています(色調も寒色系と暖色系で対照的)。文様構成一つを取り上げてみても、さまざまな工夫が看取でき、練りに練って編み出されたデザインであろうことがうかがえます。

 現在に伝わる鍋島焼を見てみると、最盛期(17世紀末~18世紀初)にはその器の形や大きさ、文様の描き方、使用される色数などにきっちりとした規格が定められていたことが分かりますが、前期(17世紀前半)の段階ではまだ決まった形式が形作られておらず、鍋島焼にふさわしい形式を求めて試行錯誤していた様子を見てとることができます。本作中の鍋島焼にはめずらしい表現を以下に挙げてみましょう。

・稜花形の縁づくりや、器面全体に施された陽刻文様。盛期鍋島では木盃型と呼ばれる丸い深皿が基本であり、染付や色絵製品では器面に凹凸のある陽刻を施す例もほとんど見られません。

・赤い上絵具による口縁の縁取り。これは伊万里焼に多くみられる縁銹(口縁に銹釉を施す装飾技法)の技法を真似ているものとみられます。鍋島焼には縁銹が施されている作例も少なく、前期の鍋島焼に数例を見る程度。

・菊のモチーフ。将軍や幕府高官への献上用という目的から、鍋島焼の文様にはおめでたい意味をもつ吉祥モチーフが多く取り入れられています。菊も、長命を象徴する吉祥文様の一つ。しかし盛期鍋島では菊花はあまり描かれていません。なお、統制が緩んでくる後期(18世紀後半)以降になると、再び菊文を用いた鍋島焼が増加します。

・染付の輪郭線のみの花弁表現や、染付による点描の上を黄色で塗り埋めた花蕊の表現。鍋島焼では、染付や上絵の赤による輪郭線の中にきっちりと色を塗りつめる賦彩方法が採られており、染付輪郭線の中は黄や緑の上絵具で塗るほかは、基本的に濃染めされます。本作では染付輪郭線のみで内部には色を塗らず菊の花弁を表現することで、赤の輪郭線による七宝文との対比から、より青白く感じられ、爽やかな色あいにみえる効果が生まれています。

 このように前期の鍋島焼では、成形・装飾技法等において効果的なさまざまな工夫が施されているにもかかわらず、上記はいずれも盛期鍋島の“規格”には採用されませんでした。それは、鍋島焼が献上用の組食器であるという性質から、精巧な品質を保ち、なおかつ歩留り率を上げるという目的を優先したことも理由の一つと考えられ、そのため陽刻文様や口縁の赤の縁取りや稜花などの複雑な縁作りは不採用となったのでしょう。

 一つの作品としてみると、非常に完成度が高く、気品高くも愛らしい作品に仕上がっている本作。しかし、盛期鍋島の規格性と比較しながら見てみると、その裏にある職人たちの試行錯誤と努力の痕跡(しかもその多くはのちに不採用…!)を感じ取ることができ、単純に美しいという感想を持つだけでは申し訳ない気分にもなってしまうような…。
 今展示では14年ぶりに出展する鍋島図案帳にも、職人たちの試行錯誤が詰まっています。その痕跡をたどりながら鑑賞すると、いつもとは違う鍋島焼が見えてくるかもしれません。

 皆様のご来館を職員一同お待ち申し上げております。
(木野)

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