学芸の小部屋

2014年8月号

「貝のモチーフ」

染付貝形蓋物
伊万里
江戸時代(17世紀後半)
通高8.4㎝ 口径11.0×8.0㎝
長20.5×15.2㎝

  梅雨明けとともに本格的な夏がはじまり、水の冷たさが恋しい季節となりました。戸栗美術館では現在、暑い夏にふさわしい企画展『涼のうつわ—伊万里焼の水模様—』を開催しております。今回は、展示品の中から「染付 貝形 蓋物」をご紹介いたします。

 栄螺と思われる貝をかたどった蓋物に、銹釉を施した小さな二枚貝のつまみが取り付けられた造形的な作品。器面には、落ち着いた色調の染付で青海波文や海藻とともに、数種の貝があらわされています。

 周囲を海に囲まれた日本において、貝は古来より多種多様な品種が採取されました。食用としてばかりでなく貨幣としても使用され、平安時代には蛤の形や大きさ、種類の豊富さを比べて優劣を競う「貝合わせ」という遊戯が貴族たちの間で流行。江戸時代になると、貝を集めて和歌を詠む歌仙貝や貝殻の収集、潮干狩りなどが盛んに行われ、18世紀以降には貝を専門とした図鑑や画譜などの出版物が多数刊行されました。
さらに貝文様としてのバリエーションが広がったのも江戸時代以降のこと。平安貴族の雅な遊びを想起させる「貝合わせ文」や「貝桶文」に加え、数種の異なる貝を描いた「貝尽くし文」や海浜風景の一部として貝を使用した「海賦文」などが見られ、染織や蒔絵などさまざまな工芸品に意匠化されました。。

 伊万里焼では、17世紀中頃から貝の文様が登場し、中でも特に海賦文が多く見られます。それらには、海藻などの水中の植物や波、滝、飛沫などとともに数種の貝が描かれており、海や川をあらわす小道具として表現されています。
 また、文様としてのみならず、法螺貝や鮑をかたどった変形皿が作られたほか、人形や置物などの生産が盛んとなった17世紀後半には、栄螺をモチーフとした水滴や蓋物も登場。絵画などの平面的な美術品とは異なり、自在に形を作り出すことができた伊万里焼では、貝の造形性に注目した作品も少なくありません。
「染付 貝形 蓋物」では、栄螺をかたどった造形に海賦文があらわされており、形・デザイン共に貝尽くしのモチーフとなっています。
 古くから日本文化との関わりが深く、品種も豊富であった貝は、さまざまな色や形の美しさ、面白さが伊万里焼の意匠としても好まれ、江戸時代の貝ブームを背景に、19世紀にいたるまで用いられました。

 ちなみに、この複雑な造形には、凹型の土型に粘土を指で押しあてて形作る型押成形の技法が用いられています。主に人形や置物、香炉、蓋物のつまみなどの造形物を作る際に用いられる成形方法で、立体的なものの場合には複数の型を使用し、それぞれの素地を貼り合わせることで形作られています。1点ものの芸術作品ではなく、職人の手による工業製品であった江戸時代の伊万里焼では、生産効率を上げるため土型を用いた成形方法が発達し、美しく整えられた同形・同寸のうつわが数多く生み出されました。


色絵 貝形 蓋物 伊万里(柿右衛門様式)
江戸時代(17世紀後半)
通高9.7㎝ 口径11.3x8.6㎝ 長22.5x16.5㎝
 例えば、当館では「染付 貝形 蓋物」と同形でサイズ・装飾方法の異なる「色絵 貝形 蓋物」も所蔵しています。また、佐賀県立九州陶磁文化館所蔵の柴田コレクションには、17世紀後半から18世紀にかけて、これらと同じパターンの染付製品が複数見られ、いくつかの異なる土型を用いて、栄螺をかたどった蓋物が繰り返し生み出されていたことが窺えます。いずれも器形はほぼ同一であるものの、波を表現したかのように湾曲した形状の縁部分、裏面三足の付け高台やつまみの接着位置に少しずつ違いが見られることから、細かな装飾部分は型押成形後に手が加えられたものと考えられます。

 貝をかたどった造形に、海を連想させる意匠を視覚的にも涼やかな染付の青によって表現した「染付 貝形 蓋物」。作品に耳を傾けると静かな海の波音が聞こえてくるかのようで、暑い夏にひとときの“涼”を感じさせてくれます。

 今展示では、さまざまな視点から伊万里焼の多様な水の表現をお楽しみいただければと思います。みなさまのご来館を心よりお待ち申し上げております。



(金子)

Copyright(c) Toguri Museum. All rights reserved.
※画像の無断転送、転写を禁止致します。
公益財団法人 戸栗美術館