学芸の小部屋

2014年9月号

「絵付けの工程」

染付雪持柴垣文皿
伊万里
江戸時代(17世紀後半)
左(A):高2.9㎝ 口径21.5㎝
高台径:12.5㎝

9月に入り、過ごしやすい涼やかな日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

現在、戸栗美術館では、「涼のうつわ—伊万里焼の水模様—」展(~9月21日)を開催しています。江戸時代につくられた伊万里焼の中でも、水にまつわる文様をあらわしたうつわなど、約80点を展示。目にも涼やかな水の表現をお楽しみください。


今回の学芸の小部屋では、出展品の中から「染付 雪持柴垣文 皿」を取り上げ、文様表現などから絵付けの工程を考察します。当館ではほぼ同寸・同意匠のものを2枚所蔵。描かれているのは、柴垣の上に雪が降り積もる風景です。構図は主題である柴垣を右下に寄せ、左半分から上辺にかけて薄濃※(うすだみ)を施した余白を設けています。この部分は薄瑠璃釉をかけた可能性も考えられますが、白抜きの雪部分との境界に透明釉と薄瑠璃釉の重なりによる凹凸が無い事から、全面に透明釉を掛けたと考え、下絵付け、つまり染付による薄濃と判断しました。

まずは、雪の表現に注目しましょう。柴垣に積もった雪は、輪郭線の無い白抜きであらわしています。おそらく蝋のような撥水剤となるものを塗って雪と柴垣の部分を保護した上から、周囲の薄濃を施したのでしょう。保護した部分には薄濃はのらず、保護膜を何らかの方法で取り除くと白抜き文様となります。薄濃を施す方法は様々な可能性が考えられますが、ここでは、見込上部に液だれが見られること(右図(1):B拡大図)から、柄杓などを使って濃液(だみえき)を掛け流したと考えられます。また、下方の柴垣の周囲には筆あとがあります(右図(2):A拡大図)。濃液の掛け流しであらわしきれなかった雪の複雑な形状は、筆先をあてて加筆したと考えられます。
このように白抜きであらわすことにより、雪の輪郭に柔らかさが生まれ、降り積もったばかりの新雪を想像させる表現となっています。

次に、柴垣の表現を見てみましょう。2点を比較すると、柴垣全体のおおまかな形状は似ているものの、細かな文様や柴垣を束ねる藁の文様に違いがあり、フリーハンドであらわしたと見ることができます。柴垣全体には、下方から左右に広がる筆あとが見られ(右図(3):A拡大図)、濃淡をつけた濃染めを施しています。柴垣文は、濃淡をつけた濃染めと同範囲にあらわされています。ここで疑問となるのは、この文様を濃染めの下に描いたのか、上に描いたのか、という点。ヒントは、2つの柴垣の境界部分にあります。上方の柴垣文の線は、藁や下方の雪の部分に少しはみ出しています(右図(4):A拡大図)。つまり、藁や雪の部分を保護して濃染めを施し、保護膜を取り除いて白抜き文様をつくり上げた後、柴垣文を描いたと考える事ができます。

以上をふまえ、本作の絵付け工程を以下のように推測する事ができます。
(1)雪と柴垣部分に蝋のような撥水剤となるものを塗るなどして保護膜をつくる。
(2)柄杓などを使い、皿全体に濃液を掛け流す。
(3)柴垣の輪郭付近に筆先を用いて濃液を加筆する。
(4)保護膜をはがし取る、または焼飛ばすための低火度焼成。
(5)下方の柴垣と上方の柴垣を束ねる藁の部分に、蝋のような撥水剤となるものを塗るなどして保護膜をつくる。
(6)上方の柴垣に筆を使い濃淡をつけた濃染めを施す。
(7)保護膜をはがし取る、または焼飛ばすための低火度焼成。
(8)下方の柴垣に筆を使い濃淡をつけた濃染めを施す。
(9)乾かす。
(10)上方・下方共に、柴垣文様と藁部分の線描きを加える。柴垣の左端に輪郭線を加える。
(11)施釉。
(12)本焼焼成(高火度焼成)。



上記の工程では、外面や口縁についての工程は省略していますが、おそらく(2)で広範囲に薄濃を施す際に、濃液が掛からないよう保護した後、口縁には(9)(10)辺りの段階で濃染めを施した上に柴垣文、外面には(6)・(8)・(10)いずれかの段階で唐草文を加筆したと考えられます。染付だけの絵付けのため、一見シンプルにも見える本作ですが、絵付けの工程を推測すると、大変な手間と時間がかけられている事が想像されます。

「涼のうつわ—伊万里焼の水模様—」展では、本作同様の染付作品を数多くご紹介しています。それぞれが江戸時代の職人たちの巧みな技と工夫が込められ、多くの工程を経て生み出されたもの。作品解説と共に、絵付けや成形の技法についてもパネルにてご紹介していますので、あわせてお楽しみくださいませ。皆様のご来館を心よりお待ちしております。

 ※薄濃(うすだみ)…濃の内、色調の淡いもの。絵付けの工程において面を塗り埋める技法を濃(だみ)という。濃液につけたり、流しかけたり、濃専用の大きな筆で水の表面張力を用いて塗り広げるなどして施される。ムラなく均一に塗る事が技術の高さをあらわす。染付による濃は濃染めと呼ばれ、色の濃さによって、濃濃(こいだみ)・中濃(なかだみ)・薄濃(うすだみ)と呼ばれる。色の濃さの違う濃染めを駆使し、染付のみで複雑な文様意匠を描き分けたり、グラデーションを表現する事もできる。

■本稿を進めるにあたり、絵付けの工程について、有田町在住の絵付師の方々などから多くのご助言を賜りました。厚く御礼申し上げます。



(竹田)

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