学芸の小部屋

2014年10月号

「古九谷様式からの新様式へ」

色絵山水文瓢形瓶
伊万里
江戸時代(17世紀中期)
高20.1cm

 秋空が高くすがすがしい季節になりました。皆様ご健勝のこととお喜び申し上げます。

  さて、戸栗美術館では10月4日(土)より『古九谷・柿右衛門・鍋島』展を開催いたします。肥前磁器の精華である色絵磁器を中心に名品が一堂に会する展覧会です。今展示では、古九谷様式、柿右衛門様式、そして鍋島焼のそれぞれのつながりをサブテーマとしています。その中でも古九谷様式と柿右衛門様式は同じ伊万里焼でありながら、様式差が大きいことから、連続する時間軸の中で作られた同じ産地のやきものとは思えないという意見を耳にすることがあります。確かに、口径30cmを超す大皿や大鉢に濃厚な上絵の具でダイナミックに絵付けを施した作品に代表される古九谷様式の作品と、濁手(にごしで)とよばれる純白の素地に赤を基調とした瀟洒な絵付けを施した柿右衛門様式の作品とでは、趣は大きく異なっています。

 今回の学芸の小部屋では、その古九谷様式と柿右衛門様式の中間様式ともいえる「色絵 山水文 瓢形瓶」(第1展示室に出展)をご紹介いたします。いわゆる初期輸出タイプに分類される作品ですが、このような作品の存在により、古九谷様式から柿右衛門様式へ一気にがらりと変化したのではなく、徐々に様式変遷していった様を伺うことができます。。

 本作は上部と下部で図柄を変えた瓢箪形の瓶。上部の膨らみには亀甲文地に丸い窓を開けて宝文を描き、下部の膨らみには山水文を主文様とし、その上下に雷文と剣先文を配しています。


図1 古九谷様式の例
「色絵 葡萄鳥文 輪花皿」
主文様は葡萄を啄む鳥文、周囲は黒線に毘沙門亀甲文の上に緑の上絵の具を塗り詰めた地に、団扇形の窓枠を8つ、菊文を2つ配している。

図2 柿右衛門様式の例
「色絵 竹虎文 輪花皿」
鍔縁とした口縁には赤で花唐草文を配し、見込全面に梅樹を見上げる虎文を描いている。型打ち成形により形作られた精巧な器形と濁手の素地が特徴。

 このように主文様に中国的画題を入れ、その周囲に地文様をびっしり描きこんだり、丸文を配する構図は古九谷様式の段階からよく見られる構図であり、また山水文や宝文、剣先文に見られる配色——黒の輪郭線に強い色調の緑や黄、青、紫などの寒色系の上絵の具を重ねる配色も古九谷様式を代表する色調です(図1参照)。その一方で、背景となる白地の色は古九谷様式の段階よりも白さを増しており、地文様などに赤の線描を多用している点は、すでに古九谷様式の段階を脱し、初期輸出タイプの特徴を呈しています。剣先文という文様自体も、初期輸出タイプによく描かれる文様の一つです。

 この初期輸出タイプにおける白い素地と赤を多用する特徴が、さらに追及・洗練されることによって柿右衛門様式が誕生します。柿右衛門様式でも要所に赤を効かせてはいますが、初期輸出タイプに比べると赤の分量は減り、幾何学地もあまり採りいれられず、うつわ全面に余白を活かした絵画的な文様があらわされるようになります(図2参照)。

 そもそも、17世紀中頃に作られた古九谷様式の伊万里焼は、一部は東南アジアなどにも輸出されていることが確認されていますが、基本的には日本国内向けの製品であり、大名屋敷で宴用の什器などとして用いられたものでした。それに対し、伊万里焼の輸出が本格化した17世紀後半に作られた柿右衛門様式の伊万里焼はヨーロッパ向けの輸出磁器であり、実用食器のほか室内装飾としても用いられ、賞玩を目的として収集されたものでした。こうした受容者の違いや、使用方法の違いが、伊万里焼の主流の様式を変化させる契機となりました。
 また、生産制度の変化も古九谷様式と柿右衛門様式の作風に違いが生まれる要因の一つと考えられます。すなわち、17世紀中頃の段階では、伊万里焼の主要産地である有田地方には色絵磁器も焼く「窯焼き(=窯業事業者、窯元)」が点在していました。それぞれ得意とする製品の特徴や品質が異なり、競合しないよう棲み分けをしていたと考えられています。その後輸出事業に力を入れ始めると、生産効率を上げるため、上絵付け業者は有田町内の一角に集まって赤絵町を形成し、町ぐるみで分業化が進められていきます。その結果、製品の質差やバリエーションが減り、均質な製品を量産する体制が整いました。17世紀中頃の伊万里焼は、古九谷様式の色絵磁器のみならず、京焼風の色絵や瑠璃釉、銹釉など幅広い製品が作られているのに対し、17世紀後半になるとそうした製品のバリエーションが減ってくるのはこのためです。
 すなわち、17世紀中期に作られているさまざまな製品のうち、美しい白磁に明るい絵付けが施された色絵磁器タイプを土台とし、ヨーロッパの人々の要求に適う製品へと研究を重ねた結果、初期輸出タイプの段階を経て柿右衛門様式が形作られたといえます。

 一見すると全く別のやきものに見える古九谷様式と柿右衛門様式の伊万里焼。今回ご紹介したような初期輸出の作品の存在や、消費者の需要について思いをはせ、そのつながりや変化の所以を感じとっていただければ幸いです。



(木野)

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