色絵甕割人物文八角皿
伊万里(柿右衛門様式)
江戸時代(17世紀後半)
高5.0㎝ 口径24.1㎝ 高台径13.4㎝
皆様こんにちは。随分と陽が長くなり春の気配が感じられる頃となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
戸栗美術館では現在、企画展「江戸の暮らしと伊万里焼展」を開催中(3月22日(日)まで)。第3展示室では、江戸時代の伊万里焼の様式変遷を辿りながら作品をご覧いただける常設展「古伊万里のすべて」を1月よりリニューアルし、「磁器生誕から100年の変遷」というテーマでご紹介しております。
これまで企画展ではあまり展示機会の無かった作品も登場したことで、お客様からは「何度も通っているけど見た事がないものがまだあった!」「新鮮!」といったお声をいただいております。是非、「江戸の暮らしと伊万里焼展」とあわせてお楽しみくださいませ。
さて、今回の学芸の小部屋では、第3展示室より「色絵 甕割人物文 八角皿」(出展no.14)をご紹介致します。本作は17世紀後半に西欧へ輸出された柿右衛門様式に分類される作品。18世紀に入り西欧で初めて本格的な磁器製造の始まったドイツ・マイセン窯において、形状・意匠を写した製品がつくられたことでも知られ、バーリーハウス(イギリス)、シャーボーン城(イギリス)、アシュモリアン美術館(イギリス)、フローニンヘン博物館(オランダ)などに類品が所蔵されています。柿右衛門様式の特徴である、薄手につくられた純白の濁手素地、明るい赤の上絵付け、余白を多く取った左右非対称の構図、繊細で丁寧な筆致などがよくあらわれています。周囲は花文で飾り、八角形につくった口縁に銹釉を施すことで画面が引き締まり、1枚の絵画を見るような趣すら感じさせます。
主題となるのは中国の故事「司馬光甕割」の図。北宋の政治家・司馬光の幼い頃の次のようなエピソードが元となっています。「司馬光が幼い頃、友人と遊んでいたら、その内の1人が誤って大きな水甕に落ちてしまった。その場にいた多くの子供たちが事態に驚いて走り逃げてしまう中で、司馬光は石を投げて甕を割った。水が流れ出て、甕に落ちた子供は命を救われた。」(※1)大切な甕よりも友人を慮り、咄嗟の判断で命を救った幼き司馬光の冷静さをあらわすと共に、いつの世も変わらぬ命の大切さを伝えてくれる逸話として広く知られ、江戸時代においても、陶磁器、絵画はもちろん、日光東照宮・陽明門に施された彫刻や小袖の雛形本(※2)などに画題として採用されたことが確認されています。
それらは各々に人物や甕、水の描写が少しずつ異なりますが、本作や類品の場合、話に伝えられる「子供が溺れるほどの大きな水甕」というには些か水甕が小さいようにも見え、当時の絵師たちは、実は「司馬光甕割」の説話をあまり理解せずに描いたのではないか、といった解釈もあるようです。しかし、子供たちが見せる眉を八の字にして心から安心したような表情は繊細に描き出されています。この場面で一様に広がる安堵感や喜びといった感情を、見る者に見事に伝えているようにも思え、絵師の豊かな表現力が感じられます。
余談ですが、私個人としては本作に描かれた「石を投げて甕を割る」という行為だけを切り取ると、想像するだけで恐ろしくて震えあがる思いがします。昨年12月に行った展示替えの際、改めて本作と対峙し、学芸員として形あるものを守り伝えていくことの難しさや重要性、使命感などを再確認致しました。
第3展示室・常設展「磁器生誕から100年の変遷」では、今後も伊万里焼の様式変遷をわかりやすくご紹介する予定です。
また、同時開催の企画展では、2015年4月以降、時代順にそれぞれの様式を取り上げて詳しくご紹介致します<初期伊万里様式(4~6月)、古九谷様式(7~9月)、柿右衛門様式(10~12月)、古伊万里金襴手様式(10~12月)、鍋島焼(2016年1~3月)>。1年を通してご鑑賞いただければ、改めて伊万里焼・鍋島焼を含む肥前磁器の100年の変遷をご理解いただける機会になるかと存じます。職員一同、皆様のお越しをお待ちしております。
(竹田)
参考文献
※1武内義雄「武内義雄全集 第十巻 雑著篇」1979年
※2上野佐江子「江戸時代の小袖文様に投影した中国の故事伝承」1972年