日ごとに日差しが強くなり、青葉が映えるこの頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか。早いもので、開催中の「古伊万里—染付の美—展」の会期も残りわずかとなりました。これからじめじめとすっきりしない季節を迎えますが、今展で青く彩られたうつわを眺めて、少しでも涼やかな気持ちになって頂ければ幸いです。
今展のテーマである染付のうつわは呉須で絵付けをしたのちに透明な釉薬(※1)をかけて焼成することで呉須の青色を鮮やかに発色させたものですが、なかには色のついた釉薬と染付を組み合わせた作品もあります。それらは染付に青磁釉(※2)の青緑や銹釉の赤茶、瑠璃釉の薄青などがかかり、呉須の青と他の色が組み合わさることで、透明釉(※3)とは異なる多様な表情を見ることができます。学芸の小部屋6月号では互いの色を生かす「釉薬の掛け分け工程」をご紹介します。
今展出展中の「青磁染付 樹鳥文 葉形三足皿」(伊万里 17世紀後半 口径28.0㎝)は出展作品のなかでも特に青磁釉が美しく発色している作品のひとつであり、柔らかで落ち着いた青緑色を呈しています。全体に青磁釉が掛けられていますが、見込を部分的に掛け残して白く抜き、そこに尾長鳥と丸い松葉を染付によって表しています。この染付部分の上には透明釉が掛けられており、青磁の青緑と染付の青が調和した閑静な印象の作品です。
本作のように釉薬を一部白く掛け残すには、全体に釉薬を掛けてからその部分の釉薬を取り除くか、あらかじめ釉薬が掛からないようにマスキングをする方法が考えられます。
前者はうつわに掛けて粉状になった釉薬をヘラで削ったり、軽く湿らせた布などで拭き取る方法ですが、拭き残しや拭きあとが残りやすく、釉薬をきれいに取り除くのは困難です。本作にはそのような痕跡は残っていないことから、後者のように何らかの方法でマスキングをしたと推察します。
マスキングに使用された素材がどのようなものであったかは定かではありませんが、なめし革や柿渋を塗って撥水力を付加した和紙などで作られた型紙を用いたか、あるいは蝋などの撥水力のある素材を器面に塗り、焼き飛ばしの工程を追加して行ったと想像できます。本作は、見込の曲面にも白く掛け残されている部分があることから、蝋など曲面に筆で塗ることができる素材の方がより効率良く製作することができたのではないでしょうか。
続いて、本作の製作工程を推察していくと、以下の4通りの可能性が挙げられます。
(1)染付を施した上にマスキングをして素地全面に青磁釉をかけ、マスキングを取り除いてから、透明釉を施す。
(2)尾長鳥と松葉を描くべき場所をあらかじめマスキングしておき、全体に青磁釉を掛けたのちに、マスキングを取り除いて染付で文様を描き、透明釉を施す。
(3)素地に染付を施し、その尾長鳥と松葉を描いた部分のみに透明釉を施し、さらにその上からマスキングをして、全体に青磁釉を掛ける。
(4)素地に染付を施したのち、透明釉を器面全体あるいは見込全体にかけてから尾長鳥と松葉を描いた部分のみにマスキングをして、青磁釉を掛ける。
先に挙げた工程のうち(1)、(2)は素地にマスキングを施し青磁釉を先にかける方法で、伊万里焼の青磁染付作品の製作工程を考察する際にしばしば言及されている方法です。ちなみに、松の枝や尾長鳥のくちばしと脚の部分は、透明釉ではなく青磁釉が掛っています。(1)の場合、これらの絵付けは青磁釉を施す前に行われており、釉下に絵付けされていると考えます。これに対して(2)の場合は、透明釉の掛かる部分は釉下の絵付けですが、松の枝やくちばし部分は青磁釉の釉上に描かれていると考えられます(※4)。呉須は釉薬よりも比重が重く、青磁釉のなかに沈み込むため、焼き上がった作品を見て染付が釉下、釉上どちらに施されているのかを判断することはできません。そのため、(1)(2)のどちらの方法で製作されたのか、可能性を絞り込むことは現状ではできません。
また、(1)(2)いずれの場合も、最後に透明釉を施す際に、染付の上にのみ絵筆などで透明釉を施したのか、青磁釉の上も覆うように全面に透明釉を重ね掛けしたのかについても判断できなかったため、どちらも可能性として残しておきます。
次に、(3)と(4)は透明釉を先に掛けてその上にマスキングをします。(3)は、中国の元時代の瑠璃釉白花作品の製作工程として解説されていた方法です。それによると透明釉と色釉の境目がマスキングに使用する素材の撥水力によって盛り上がったり、釉薬がはげてしまうことがあるようです。本作には、そういった痕跡は見受けられないため、(3)の方法では製作していないと判断します。
(4)の場合は、釉薬の粉に覆われて釉下の文様が不明瞭な状態でマスキングの位置を定めることになります。しかし、この状態では本作のように文様の際まで、はみ出しや掛け残しのないように釉薬を掛けることは困難であり、また効率的ではありません。このため、(4)の方法で製作された可能性も低いと思われます。
以上により本作においては(1)と(2)のどちらかの方法で製作された可能性が高いと推察します。
ここまで考察してきたなかで可能性の高い2つの製作工程をまとめると以下のようになります。
今回は、製作工程について2つの手順の可能性を、ご紹介致しました。本展第2展示室ではこの他にも、染付に様々な色釉を組み合わせた作品をご覧いただくことができます。それぞれの表情の違いに注目し、ぜひ製作工程にも考えを巡らせながらご鑑賞くださいませ。
(小西)
【参考文献】
『世界陶磁全集14 明』(1976年11月 小学館)
佐藤雅彦『やきもの入門』(1983年 4月 平凡社)
『平成元年 特別企画展 日本の青磁』(1989年 9月 佐賀県立九州陶磁文化館)
鈴田由紀夫『古伊万里シリーズ2 伊万里青磁』(1991年6月 古伊万里刊行会)
一色崇美『元代と明初の染付・釉裏紅』(1991年7月 東高書院)
高嶋廣夫『陶磁器 釉の科学』(1994年10月内田老鶴圃)
高嶋廣夫『実践 陶磁器の科学 —焼き物の未来のために— 』(1996年1月 内田老鶴圃)
『基礎から学ぶ本格陶芸 はじめて作る染付の器』(2000年10月 阿部出版株式会社)
『古伊万里の見方1 種類』(2006年12月 佐賀県立九州陶磁文化館・編集出版)
『古伊万里の見方3 装飾』(2006年12月 佐賀県立九州陶磁文化館・編集出版)
※1釉薬・・・釉薬はやきものの表面に掛かっているガラス質の膜のこと。読み方は“ゆうやく”や“うわぐすり”と言い、これを素地に掛ける工程のことを施釉(せゆう)、または釉掛けと言う。
釉薬は調合した灰や鉱物に水を足して濃度を調整し、液体状にしてうつわに掛けて用いる。器面に釉薬が掛かると、釉薬の水分を素地が吸って、たちどころに器面が粉で覆われた状態になり、これを高温焼成すると釉薬は窯の中で熔け、冷えて固まることによりガラス質の膜となる。
伊万里焼で使用されている釉薬は、透明釉・青磁釉いずれも灰釉の一種で1200~1300度で熔ける高火度釉。灰釉は、焼成中に偶然うつわに付着した薪の灰が熔けてガラス化するという現象を人為的に行うために作りだされたと考えられ、草木灰(草木を燃やした時に出る灰)や土灰(薪や炭などを竈などで燃やした時に出る灰)に、長石や土を調合したものを主成分としている。
※2青磁釉・・・透明釉よりも鉄分を多く含む釉薬。酸素の少ない状態で焼成(還元炎焼成)したとき、釉内の鉄分が化学変化を起こして青緑色に呈色する。一口に青磁釉と言っても素地の色や釉内の成分、窯内の環境によって色調が変化し、その色域はオリーブグリーンやトルコブルーなど幅広い。
※3透明釉・・・呈色剤となる金属化合物をできるだけ排除して調合された無色透明の釉薬。
素地の色や下絵付けの色合いがそのまま器面に表れる。
※4・・・他館所蔵の鍋島焼には青磁釉を何度も重ね掛けし、その間に染付を施したと考えられる作品もある。また、(1)の場合は、染付を1度の工程で済まさず、青磁釉を施釉したのちに釉上に描き足した可能性も考えられる。