夏至を過ぎ暑さ増すこの頃、皆様お変わりございませんでしょうか。当館では7月2日(土)より「古伊万里唐草—暮らしのうつわ—展」を開催致します(9月22日(木・祝)まで)。現代でも食器やハンカチなど様々な製品に描かれている唐草文様。伊万里焼では初期の段階から描き続けられている文様のひとつです。その文様の連続性から「子孫繁栄」や「長寿」などのイメージと重なり、18世紀以降、庶民の間でも広く受け入れられていきました。今展では17世紀初頭から19世紀前半にかけて製作された唐草文様のうつわの変遷をご紹介します。どうぞお楽しみに。
さて、今月の学芸の小部屋はうつわの成形方法より、型打ち成形と糸切り成形をご紹介します。数ある成形方法のなかでも、型を用いて成形する型打ち成形と糸切り成形は、同形のものを複数製作する「製品」としての性質を持つ伊万里焼と相性が良く、作例もたくさんあります。今展出展品を比較しながら、完形品から成形方法を考察するポイントを見ていきましょう。
型打ち成形とは、轆轤(ろくろ)(※1)で挽いた素地を型(※2)に被せて叩き、型の形や型に彫られた文様を写し取る方法です。この方法は組食器のような一揃いのうつわを作る際などに用いられる技術で、磁器の製造が始まった17世紀初期から行われていました。轆轤成形による正円を基礎としながらも、轆轤だけでは作ることが出来ない、多角形や花形などの複雑な形を造形することが出来ます(例:①「色絵 花卉文 変形皿」17世紀中期 口径16.1㎝、②「色絵 花唐草文 木瓜形鉢」17世紀末~18世紀初 口径14.6×12.4㎝)。
一方、糸切り成形は粘土板を糸で適当な厚さにスライス(糸切り)し、型に当てて叩きしめて成形します。
主に小皿の成形方法として1640~50年頃に登場し、型打ち成形よりも後に確立されました。型打ち成形では作りにくい長皿や楕円など長方形を基本とするうつわを製作するのに適しています(例:③「染付 獅子花唐草文 長皿」17世紀末~18世紀初 口径22.6×9.6㎝、④「染付 唐草文 変形皿」17世紀中期 口径14.3×12.6㎝)。なお、江戸後期になると、伊万里焼では長皿を除いて糸切り成形はあまり用いなくなり、次第に舟形や楕円形などそれまで糸切り成形で製作していた器形も型打ち成形をするようになりました。
このように、器形によって大まかには製作方法を推測することができるものの、②と④の器形が近いことからも分かる通り、それだけでは成形方法を判別することは難しく、細部の造りを見ていく必要があります。
その1つ目のポイントはうつわの厚みです。型打ち成形のうつわは型に被せる前に轆轤である程度成形をするため、うつわの中心から口縁にかけて少し素地が薄くなっています。一方で糸切り成形は一定の厚さに切り出した粘土板を成形するため、完成したうつわの厚みは一定です(⑤)。
2つ目のポイントは高台です。型打ち成形の高台は轆轤成形の場合と同様に丸く削り出されます(①裏面)。一方、糸切り成形の高台はうつわから削り出すことが出来ず、高台を後から付けます。これを付け高台(※3)といい、器形に合わせた形の高台を作ることが出来ます(③裏面)。しかし、1660~70年代頃の作例には糸切り成形で丸い付け高台を施したものも見られるため、成形方法の判別がますます困難です。このような作例を見分ける時は高台の内側を見ます。
付け高台の場合、うつわの底面と高台の間に付け土をしてきれいに整えますが、高台の内側までは修正をしないことがほとんど。そうであっても、釉薬を掛けた時に、高台内側とうつわの底面の間に釉薬が入り込み、そのまま焼成することで釉薬が熔着材となって、高台とうつわ本体との接着が補強される上、見た目にも目立たなくなるのです。削り出し高台の作品(①)と付け高台の作品(③)の内側をよく比べて見ると、付け高台の内側、熔着部分は釉が厚く掛かっており、少し青み掛かって見え、成形方法の違いを読み取ることができます。今展では組み物の一部を裏返して展示しておりますので、ぜひ、高台の内側にもご注目ください。
ちなみに、「染付 花唐草文 藤花形皿」(17世紀後半 口径29.7×15.2㎝ ⑥)のように型打ち成形に付け高台を組み合わせたと考えられる作例もあります。本作は、白磁部分は陽刻によって房状に咲きほどけた藤の花を表し、器形を藤の花房形とした皿です。
長方形に近い器形ではありますが、うつわの中心から口縁にかけて素地が少し薄くなっていることから、型打ち成形と推察できます。しかし、高台は削り出しによる円形ではなく、うつわと同じ藤花形をしています(⑥裏面)。つまり、本作は型打ち成形で作られているにもかかわらず、糸切り成形によく用いられる付け高台が施されているのです。本作のような作例から、臨機応変に成形技法を組み合わせながら製作していたことが伺え、成形方法の判別の難しさを改めて感じました。
当館では作品解説に記載していることの多い成型方法ですが、実際の作品の状態と現代まで受け継がれてきた製作方法とをすりあわせながら考察を重ねています。今回ご紹介した成形方法を見分けるポイントも、必ずしも成形方法を確定させるものではなく、論拠のひとつとして捉えて頂ければと思います。
今展では人々の暮らしに寄り添ってきた唐草文様の作品を約70点展示。成形方法もさることながら、うつわを使用している場面を思い浮かべて、江戸の暮らしを身近に感じて頂けたらと思います。
(小西)
【参考文献】
『新技法シリーズ 陶芸の基本』(1979年6月 美術出版社)
佐藤雅彦『やきもの入門』(1983年 4月 平凡社)
『古伊万里の見方2 成形』(2005年9月 佐賀県立九州陶磁文化館・編集出版)
『古伊万里 小皿・豆皿・小鉢1000』(2002年11月 講談社)
※1台の回転を利用してうつわを成形するための台。
※2型打ち成形や糸切り成形などに使用する道具。現代では主に石膏型を用いるが、江戸時代では土型を使用していた。
※3成形後、型から外さずに、うつわの底面へ高台用の型をおき、それに帯状の粘土紐を沿わせながら巻き付けて作る。削り出し高台に比べて形や高さなど自由に製作できる。
現代では、型を用いずに器面裏、底面に粘土紐を貼り付け、轆轤を使って丸い高台を成形する方法もある。