秋風が清々しい今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。当館では10月4日(火)より『戸栗コレクション1984・1985—revival—展』を開催致します。当館創設者 戸栗亨が蒐集したコレクションが初めて世に出た展覧会『戸栗コレクション 有田の染付と色絵—伊万里・柿右衛門・鍋島—』(1984年11月~1985年1月/渋谷区立松濤美術館)。今展では当時の出展品を再展示し、来年に迫った開館30周年を前に、戸栗コレクションのはじまりを伊万里焼・鍋島焼の名品とともに振り返ります。
今展期間中の学芸の小部屋は「色絵」作品をご紹介していきます。
色絵とは、釉薬をかけて本焼きを終えたうつわの表面に、色ガラス質の絵具で絵付けをして低温で焼き付ける技法、あるいはそれを施した作品を指します。釉薬の下に絵付けを施す「下絵付け」に対して色絵は釉薬の上に絵付けをするので「上絵付け」とも呼ばれます。下絵付けは釉薬をうつわにかける前に絵付けを施すため、本焼きの高温焼成に耐えうる耐火性の高い絵具が必要で、江戸時代の伊万里焼や鍋島焼では青く発色する呉須(※1)を使った染付がほとんどでした。それに対し、上絵顔料は赤・黄・緑など色数が多く、華やかに仕上がります。窯に入れて焼成する回数が増えることから、染付に比べて、よりコストの掛かった高級品であったと言えます。
今展出展中の色絵の鍋島焼、色鍋島から「色絵 芥子文 皿」(鍋島焼 17世紀末~18世紀初 口径20.4㎝ 画像1)を見てみましょう。
本作は中心から右側をあけるように余白を残し、周囲に大ぶりの花を咲かせた芥子がめぐっています。筆使いは精緻であり、写実的な表現から離れデザイン化された文様は端正な表情を見せています。見込に描かれた赤い芥子の花の輪郭は濃い色調の赤で表されていますが、細部を見ると葉・棘や葉の葉脈など、描かれた意匠の輪郭線の多くが染付の青色によって表されていることに気がつきます(画像2)。
不透明で明瞭に表れる赤線に対して、染付による線は釉下に描くため、柔らかな発色となり、色絵の鮮やかな色調を引き立てる役割を果たしています。
「色絵 柘榴竹垣文 皿」(鍋島焼 17世紀末~18世紀初 口径20.1cm 今展出展中 画像3)では、赤い線描きや柘榴文の上絵具が剥がれ落ちた部分に染付の線が確認できます。
この線を辿ると、染付の線が柘榴の文様の形を呈していることに気がつくのです(画像4)。つまり、上絵付けで赤い線描きをする予定の文様も、下絵付けの染付の段階であらかじめ文様のあたりとなる輪郭線が描かれていることが分かります。
色絵付けを行う前に廃棄された染付のみの椿柴垣文の鍋島焼の陶片(画像5)を見てみましょう。染付による線が完成時に「見せる」線として機能する柴垣の部分は濃くしっかりとした筆で描かれています。これに対して、後で赤を乗せて「見えなくなる」線である椿の花の輪郭線は、葉の輪郭線や葉脈と比べても最も薄い線で描かれており、線の濃淡を使い分けていることに気がつきます(画像6/類例完成品の一部)。前述の「色絵 芥子文 皿」でも、
赤い絵の具で塗りこまれた花の部分には一見すると染付線が見えません。しかし、熟覧すると花の赤い輪郭線の下にも染付によるあたり線が見えます(画像7)。
「色絵 柘榴竹垣文 皿」も背景の竹垣や葉の輪郭線は濃い染付線で描かれていますが、柘榴の下に見える染付線は薄く描かれているように見えます。その他の陶片でも、後で赤を重ねる部分は大まかなあたりの輪郭線を染付で極薄く表したものもありました。これらのことから、色鍋島の絵付けでは、染付段階で全体の文様をおおよそ描きますが、上から赤を塗り重ねる部分は薄い呉須を用いることで、完成品の器面から染付によるあたり線が見えなくなるように工夫されていると推察することができそうです。
しかし、なぜわざわざ染付によるあたり線を引く必要があったのでしょう。そもそも鍋島焼は将軍家へ献上するうつわで、五寸や七寸の皿は組食器として幕府によって定められた数のうつわを作っていたと言われています。そこで鍋島焼では意匠を揃えるため、下絵付けを施す前に、墨で文様を描いた仲立ち紙(※2)を用いて意匠を写し取る方法が取られたと考えられています。しかし、墨は本焼き焼成時に焼け飛んで消えてしまうため、上絵付けの際のあたりにはなり得ません。また、仮に染付段階で、後に色絵を塗る部分には何も描かないとしたら、文様がこま切れに表された状態となり、複数枚に同様の絵付けをすることが難しくなってしまうでしょう。加えて、あたりを染付と色絵でそれぞれ分けて行うよりも、染付の段階で一気にあたり線をひいてしまった方が、効率が良かったとも考えられます。さらに、本焼き焼成後に色絵を施す際のあたりを施そうとしても、上絵具の焼き付けに適した低温で焼きとぶような、下書きに適した素材が見当たらなかったのかもしれません。このように染付によるあたりを施すことに関して、様々な可能性が考えられます。高温焼成しても消えない染付の線は、複数枚に同じ文様を描く必要のあった鍋島焼において、色絵のあたりの役割としても有用だったのでしょう。色鍋島の完成度の高さは上絵付けだけではなく、染付の線があってこそ成り立っています。
最後に、今回取り上げた作品の製作工程を確認しておきましょう。
①素焼きをしたうつわに、仲立ち紙を使って墨による下書き線を写し取る。
②染付で下書き線をなぞり、文様の線を描く。花弁など赤の上絵を施す場所は、薄くあたりの線描きをする。
③染付の青色で塗り込む部分は濃(だみ)を施す。
④釉薬をかけ、高温(1350度前後)で本焼き焼成する。
⑤上絵付けを施す。
⑥上絵を低温(800度前後)で焼き付ける。
今展では当館収蔵品のなかでも選りすぐりの名品が100点以上、ずらりと並びます。本稿でご紹介した他に、色鍋島も多数出展致しますので、ぜひご覧下さいませ。 皆様のご来館をお待ち申し上げております。
(小西)
※1 染付に用いる酸化コバルトを発色の主成分とした顔料。
※2下図用の型紙。同じ文様を繰り返し描くために用いられる。和紙にひょうたん墨などで文様を描き、うつわの表面にあてて椿の葉などでこすると、素地に文様が写し取られる。
参考文献(発行年順)
佐藤雅彦『やきもの入門』(1983年 4月 平凡社)
矢部良明『小学館ギャラリー 新編 名宝日本の美術 第18巻 染付と色絵磁器』(1991年8月 小学館)
『やきもの名鑑4 色絵磁器』(1999年10月 講談社)
『角川 日本陶磁大辞典』(2002年 8月 角川書店)
『古伊万里の見方3 装飾』(2006年12月 佐賀県立九州陶磁文化館・編集出版)