学芸の小部屋

2016年12月号

「第9回:古伊万里金襴手の上絵付けの焼成回数」

寒さも厳しくなってきましたが、皆様お変わりございませんでしょうか。当館で開催中の「戸栗コレクション1984・1985—revival—展」の会期も残り僅かとなりました。当館の収蔵品の礎となった、戸栗コレクションの名品を並べた今回の展示。展示室前で配布している解説シートでは伊万里焼・鍋島焼の研究史もご紹介しています。現在に至るまで、伊万里焼がどのような視点で鑑賞され、研究されてきたのかという点にも、注目してご覧頂けたら幸いです。


 さて、今回の学芸の小部屋は今展出展作品の中から「色絵 獅子根菜文 鉢」(17世紀末~18世紀前半 口径22.5㎝ 画像①)の焼成回数について考えていきます。
 本作は染付に色絵・金彩を施した古伊万里金襴手様式に分類される作品です。この様式は中国明時代嘉靖年間(1522~1566)に景徳鎮窯で作られた磁器を手本として、江戸時代元禄年間(1688~1704)に成立しました。絢爛豪華で華やかな古伊万里金襴手様式の製品は、元禄期に文化の担い手であった裕福な町人達の間で特に好まれました。

 本作は、器面全体に染付の青や上絵の赤・緑・黄・黒・紫そして金で賦彩されています。見込側面の窓内に描かれた人参は中をべったりと金泥で塗り埋められていますが、端に塗り残しが見られ、赤い絵具の上ではなく、上絵付の施されていない白磁の上に直接金泥が載せられていることが分かります。また、人参の葉の根元の描き赤(※1)で引かれた横線の上にも金泥が載っていることが確認できます(画像②)。さらに、見込に描かれた牡丹の蕾の部分では、萼を塗り埋める緑と茎を塗り埋める紫の上絵具が、蕾の輪郭線の中にまで及んでおり、一見、金泥の上に上絵具がはみ出している様に見えます。この緑と紫の上絵具は透明度の高い絵具ですが、本作では絵具の下に金色は確認出来ないため、金彩は上絵付けが終わってから施されたとみえます(画像③)。

 金彩は不透明であり、白磁の上でも、上絵具の上でも、基本的には発色に変化はありません。しかし、本作の外側面に描かれた唐花文の左端の花弁には、背景を塗り埋めている赤が金彩と重なり、金泥の発色が赤みを帯びているように見える部分があります(画像④)。本作の金彩は、基本は白磁の上に施されていますが、赤地の上に金泥が重なっている部分はいずれも金の発色に赤の干渉が確認出来ます。

 このような現象は他の代表的な古伊万里金襴手様式の作品では見ることができません。例えば「色絵 荒磯文 鉢」(17世紀末~18世紀初 口径24.7㎝/第3展示室出展中)と「色絵 壽字吉祥文 鉢」(17世紀末~18世紀初 口径22.1㎝/第3展示室出展中)にも、赤い上絵具の上に金泥を施している部分(「色絵 荒磯文 鉢」部分 画像⑤、「色絵 壽字吉祥文 鉢」部分 画像⑥)が見受けられます。しかし、いずれも金の発色は赤の干渉を受けているようには見えません。では、何故「色絵 獅子根菜文 鉢」では赤地の上に施された金泥が赤みがかった発色に見えるのでしょうか。
 地の色が金の見え方に影響する要因としては金の濃度や、焼成回数の違いなどが考えられます。しかし『有田町史 陶業編Ⅰ』(1985年3月 有田町)によると、「金は高価であるが、金の分量が足りないと発色が悪いので金秤で何匁何分の単位まで正確に量った。」(p.352)とあることから、金の濃度のばらつきが金の見え方を左右する要因だったとは考え難いでしょう(※2)。そこで、本作は他の作品とは焼成回数が違う可能性を、検討することができそうです。

 現代磁器作家である望月優氏(※3)によれば、現代有田での金襴手の製作工程は、本焼きを終えたうつわに上絵付けを施し、800~830度の低温焼成を終えた後、金泥で装飾を施して更に780度の低温で焼き付ける、というものだそうです(※4)。このように、色絵を焼き付けてから金彩を施し、再度焼成した方が金の定着が良いと言います。また、色絵の焼き付けを行わず、赤い絵具の上に金泥を載せて1度に焼成した場合、それぞれの熔着する温度が近いために、金泥が赤みを帯びた発色になることがあるそうです。
 江戸時代では、色味穴から内部の様子を見ながら、窯に薪を投入する頻度や量を調整して焼成温度を調節しており、温度計も使用されていなかったため、当時の金の焼成温度を明確に知ることはできません。しかし、当時主流であった有鉛絵具の焼成温度は、現代で使われている無鉛絵具よりも低く、金の焼き付く温度に近かったとみえます。このことから、古伊万里金襴手様式の作品の中に上絵具と金とを1度に焼成した作品もあることが考えられ、本作はその例である可能性があります。そういった観点から考えれば、「色絵 獅子根菜文 鉢」では最初から、上絵と金泥を1度に焼成するために、金泥を塗る予定の部分は白く残したと推察することもできそうです。

 そもそも古伊万里は「作品」ではなく市場に流通する「製品」として生産されていました。焼成回数が多いほど、その分生産コストも上がり、価格が高くなります。そのため、焼成回数を減らすということは、コスト面で利点があります。実際に、本作は古伊万里金襴手の優品である「色絵 荒磯文 鉢」や「色絵 壽字吉祥文 鉢」などの一級品と比べると塗り残しやはみ出しも多く、筆使いも硬い印象を受けます。本作の作行きからも販売価格を抑える努力をしたことは充分に考えられるでしょう。

 以上のように、うつわに施された絵付けの細部を観察することによって、製作工程や制作者の意図などを想像することができます。「どうやって作ったのだろう。」「このうつわは何に使ったのだろう。」など、疑問を見つけて、展示品により興味を持って頂けましたら、嬉しく存じます。

 さて、当館は12月24日(土)~2017年3月31日(金)まで、館内整備のため休館となります。2017年4月1日(土)からは「開館30周年記念特別展 柿右衛門展」を開催致します。初公開となる15代柿右衛門氏の新作をお披露目するほか、「柿右衛門」の歴史を展観できる開館30周年を飾る特別な企画展となります。4月以降、皆様のご来館を心よりお待ち申し上げております。
 また、学芸の小部屋は休館中の1月から3月も毎月1日に更新致します。次回もお楽しみに。

 本稿を執筆するにあたり、現代磁器作家の望月優氏にご助言をいただきました。この場を借りて感謝申し上げます。

(小西)



※1線描き用の絵具。詳細は「学芸の小部屋2016年11月号」を参照。
※2資料は明治以降のものだが、その技術は江戸時代より受け継がれた伝統的なもののため、基本的には時代による変化は殆ど無かったと考える。
※3「学芸の小部屋2016年11月号」参照
※4表記は無鉛絵具の場合の焼成温度。江戸時代に主流であった有鉛絵具の場合は760~780度。

参考文献
佐藤雅彦『やきもの入門』(1983年 4月 平凡社)
『有田町史 陶業編Ⅰ』(1985年3月 有田町)
『角川 日本陶磁大辞典』(2002年 8月 角川書店)
『古伊万里の見方3 装飾』(2006年12月 佐賀県立九州陶磁文化館・編集出版)



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