若葉萌える今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
当館で開催中の「開館30周年記念特別展 柿右衛門展」の会期も残り僅かとなりました。15代酒井田柿右衛門氏の新作を中心とした、近現代の歴代酒井田柿右衛門氏の優品と、江戸時代に作られた柿右衛門様式の伊万里焼を同時にご覧頂けるまたとない機会です。5月14日(日)まで休まず開館しておりますので是非ご来館下さいませ。
さて、今月の学芸の小部屋は「濁手素地の柿右衛門様式と染付併用の柿右衛門様式の伊万里焼」をテーマに、素地と上絵付けの発色の違いをみていきます。
柿右衛門様式の伊万里焼とは、海外輸出事業の拡大に伴って1670年頃に成立した色絵磁器を言います。なかでも乳白色の濁手(にごしで)素地に型打ち成形による端正な成形、余白を生かした左右非対称の構図、明るい赤色を多用した上絵付けで賦彩し、口縁に縁銹(ふちさび)を施した丁寧な作行きの製品については柿右衛門家が関与していると考えられ、このような製品を「典型的な柿右衛門様式」と呼んでいます。
もちろん、上記に挙げた条件を満たさない、「広義の」柿右衛門様式も作られています。こういった製品の陶片も柿右衛門窯から出土しており、同窯で幅広い製品が焼かれていたことがうかがえます。
ところで、典型的な柿右衛門様式のような色絵のみの製品と色絵と染付を併用した製品とでは素地が異なります。典型的な柿右衛門様式に欠かせない濁手素地は、精製の時点で極力鉄分を取り除き素地の青みを除いたもの。
加えて釉薬を極薄く掛けることによって釉面の青みを抑え、温かみのある乳白色を呈しています。
一方で、染付併用製品の素地は、濁手素地に比べ、やや青みを帯びています。この違いは、ひとつにはうつわに掛かっている釉薬の厚さに起因します。染付を用いる場合は素地にのせた顔料を覆うように透明釉を掛けなければ鮮やかな発色にならず、釉面にある程度の厚みが必要です。また釉薬を厚めに掛けることで青みが出るので、染付併用製品の場合は素地の中に含まれる鉄分を濁手ほど神経質に取り除く必要もありません。
このように濁手素地の典型的な柿右衛門様式と染付併用の柿右衛門様式の伊万里焼とでは、それぞれ用いる絵具が美しく発色するよう、素地と釉薬から使い分けていました。確かに、典型的な柿右衛門様式に該当する「色絵 花鳥文 輪花皿」(17世紀後半 口径22.0㎝ 画像①)と染付を併用した柿右衛門様式の製品で、類似陶片が柿右衛門窯より出土している「色絵 女郎花文 木瓜形皿」(17世紀後半 口径21.1×18.8cm 画像②)を比べてみると、前者は上絵具の発色が明るく、爽やかで、後者は濃彩で落ち着いた印象を受けます。この発色の違いは素地の違いに起因しますが、実はそれだけではありません。
表の赤字部分のように、いくつかのモチーフが同じ色で描かれています。加えて、青字部分は上絵付けと下絵付けの別はありますが、同じようなモチーフが青色で表されていることがわかります。
では、上表赤字部分のモチーフを中心にそれぞれの上絵具の発色を見ていきましょう。まずは、「色絵 花鳥文 輪花皿」の梅花文と「色絵 女郎花文 木瓜形皿」の女郎花文を彩る赤色を比較すると(画像③)、前者が素地の色と同調するかのような明るい色調の赤色であるのに対し、後者は落ち着いた色調で朱色を思わせるような濃い赤色で賦彩されています。また、前者は花の輪郭線の中を赤色の上絵具で塗り埋めている一方で、後者は女郎花の花を点描で表した上に赤色の上絵具を施しています。おそらく、濃い線描き用の赤色の上にそれより少し薄い赤色が重ねられているために前者よりも濃厚な発色に仕上がっているのでしょう。こういった花の描き方の違いも、両者の発色に影響していると考えられます。
さらに、緑色や黄色など、焼成すると透過性の出る色ガラスのような性質の上絵具の発色を比較してみましょう。
まず緑色ですが、「色絵 花鳥文 輪花皿」に描かれた松の葉と「色絵 女郎花文 木瓜形皿」の見込に描かれた女
郎花の葉、縁に描かれた葉を比較していきます。すると、前者の松の葉は線描き用の黒い上絵具の上から濃い緑色で賦彩されており、黒い線に合わせてあえて深い色調の緑色を使用しています。両者の緑色の色調が近似しており、やはり後者の方が全体に落ち着いた発色の上絵具を用いているといえます(画像④)。
また黄色に関しては、前者はレモン色のような明るい発色の黄色、後者は黄土色のような黄色と全く異なっています(画像⑤)。それでも、それぞれの周辺の色との関係を鑑みると、色味の濃淡は製品ごとに調和がとれているといえそうです。
さらに、前者に比べると後者の方が賦彩された絵具に厚みがあるようにみえます。もともとの色調と絵具の厚みが両者で異なるために、発色に差が出てきているのでしょう。
以上を踏まえて、今度は上表青字部分を比較してみましょう(画像⑥)。両者とも、木の幹や枝を青色で表していますが、「色絵 花鳥文 輪花皿」は上絵具、「色絵 女郎花文 木瓜形皿」は染付の青色です。前者は薄く賦彩された青色が素地の色味と調和して透明感のある明るい発色で清涼な印象です。対して後者は濃い色彩ではあるもののグラデーションや筆あとがみられ、染付特有の釉調に溶け込んだ柔らかな色調を呈しています。
実は、「色絵 女郎花文 木瓜形皿」は見込に青色の上絵具を使用しており、ひとつの作品の中に上絵と染付の2種の青色が使われています。この上絵付けの青色と「色絵 花鳥文 輪花皿」の木に施された上絵付けの青色を比較しても、やはり
「色絵 女郎花文 木瓜形皿」の方が厚塗りで色彩も濃く、色ガラス特有の光沢が顕著に表れています(画像⑦)。
以上のように両者を比較して、上絵具の発色の違いを見ていくと、濁手素地の製品である「色絵 花鳥文 輪花皿」は絵具をあまり厚塗りせず、全体に明るい発色で、素地特有の乳白色を生かした爽やかな印象に仕上がっ
ています。一方で、染付併用の「色絵 女郎花文 木瓜形皿」は全体に上絵具が厚塗りで濃厚ですが、少し青みがかった素地の色味や染付で描かれた縁文様などと相俟って全体に落ち着きをもたらしています。その結果、両者とも上絵具の色調に濃淡の差はあれども、
素地と絵付けの調和のとれた製品に仕上がっているとみえます。この
ことから、素地の色味や焼成の加減で上絵具の発色が左右されているというよりも、
素地の色味に合った上絵付けを絵付師が施したと考えることができそうです。
このように比較をすることで、改めてそれぞれの作品が持つ魅力に気が付くことができます。今展では本稿でご紹介した「色絵 花鳥文 輪花皿」や「色絵 女郎花文 木瓜形皿」のほかにも、江戸時代から現代まで約80点の「柿右衛門」をご覧頂けます。出展品を見比べながら、新たな魅力を発見していただければと思います。
皆様のご来館を心よりお待ち申し上げております。
(小西)
※1 本作は5客組で伝世しており、中には太湖石を青と黄色で賦彩したり、女郎花を黄色に近い発色の赤で賦彩していたりと、本稿で取りあげた製品とは異なる賦彩のものもみられる。本稿では今展出展中の製品のみを取り上げた。
【参考文献】
『柿右衛門―その様式の全容―』佐賀県立九州陶磁文化館 1999
『角川 日本陶磁大辞典』角川書店 2002
『柿右衛門―受け継がれる技と美―』九州国立博物館2015