梅雨の只中、太陽が恋しくなってきますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
現在開催中の『17世紀の古伊万里―逸品再発見Ⅰ―展』では、口径が30cm以上の皿や鉢(以下、大皿と呼びます)を9点出展しております。日本で大皿が広く使用され始めるのは桃山時代のこととされ、近世初期の風俗画に描かれた宴の場面に大皿が複数枚確認できたり、江戸遺跡の発掘調査で口径七寸程度の組食器の皿とともに出土したりするなど、上流階級の人々が宴を催す際に大皿を使用したことが窺えます。とくに17世紀前半は大人数の集まる宴が盛んに催されたようで、それに伴って色も文様も多様な国産大皿が生み出されました。今回の学芸の小部屋では、今展出展中の大皿から3点をご紹介いたします。
「染付 楼閣山水文 鉢」は初期伊万里の大皿。日本初の国産磁器である伊万里焼が佐賀・有田で誕生して間もない17世紀前期に作られたものです。全体に厚手で少々歪んだ器形、裏面に残る成形時の轆轤目や施釉時の陶工の指跡、釉流れが初期伊万里らしい大らかさを感じさせます。
主文様は楼閣山水文。楼閣の描かれた近景、植物の生い茂る山を配した中景、険しい山々が聳える遠景と、それぞれの間に余白を取り隔てています。丸い器面に収めようと、近景の地面は反り返り、遠景の山々が縁に沿って丸く配されている、面白い構図です。
遠景の山や雲は伸びやかな筆致で表される一方、近景の楼閣や口縁の蓮弁文の線は一本一本丁寧に引かれており、描く対象によって筆遣いを分けています。鐔縁とした口縁に蓮弁文、さらにその内側に波濤状の唐草文をめぐらせる点が珍しく、口径46.5cmと初期伊万里の中でも最大級である点を鑑みても、丹誠を尽くした意欲作と言えるでしょう。
続く17世紀中期に上絵付けがはじまると、染付だけではなく「色絵 牡丹雪輪文 皿」のような色絵の大皿も次々と作られました。
本作は上絵の緑と黄を主体として、器面を塗り埋めるように絵付けが施されています。牡丹の輪郭線や花脈、葉脈はやや太めの力強い黒線で引かれ、一見単色の緑地に見える背景にも細かな丸文が表されています。そして全体に重厚な趣である中、目を引くのが見込2箇所に配された白い花文。敢えて絵具を塗らずに残し、素地の白さを活かしています。
広縁部にも白抜きの文様が効果的に用いられています。広縁から少しはみ出るような大きさで表された雪輪形の窓には、黄で覆った背景に青い葉文がのぞきます。裏面は青海波文を黄で塗りつぶした上に、さらに薄赤を重ねる変わった表現。緑と黄を主体とした絵付けで器面を塗り埋める、いわゆる青手のタイプでは様々な作品が伝世していますが、本作は白の効果的な配置、裏面の黄彩に重ねた薄赤など、色遣いがとりわけ興味深い作例です。
ここまで挙げた2点はいずれも伊万里焼ですが、17世紀に生み出されたのは磁器の大皿だけではありません。唐津や武雄、瀬戸、美濃などでは陶器の大皿が製作されていました。今展では当館としては珍しく、古武雄の「緑褐彩 櫛目文 鉢」を出展しております。
古武雄とは現・佐賀県武雄市を中心に、江戸時代に焼かれた唐津焼系統の陶器で、褐色の胎土と白化粧による装飾が特徴です。
本作は口径48.7cmという大きさを誇り、少々の歪みや見込に残る重ね積みをした際の砂目が見受けられる豪快な造形。全面に白化粧を施した後、指や櫛状の道具を使って櫛目文を表しています。それも同心円状のみならず、波状にしたり、その幅を変えてみたりと変化に富んでいます。さらにアクセントとなっているのが、柄杓で一筋ずつ流し掛けられた緑釉と褐釉。白、緑、褐色とわずか3色で鮮烈な印象を与える抽象的な画面を見事に作り出しています。
以上のように17世紀に作られた大皿には、染付も色絵も、また磁器も陶器もあり、文様も具象から抽象まで、その表現は実に様々。国内においてこのように多様な大皿が求められた背景には、とくに17世紀前半に大人数の集まる宴が頻繁に催されたこと、また磁器大皿を使用できる身分が限られていたり、17世紀後半から有田が海外輸出に力を入れていたりと、陶器大皿の需要もあったことが指摘されています。そしてこれらに加えてもちろん、使用者が自分の好みに合った魅力的な一枚を求めていたこともあるでしょう。今回の出展品からご紹介しましたように、磁器には磁器、陶器には陶器の、それぞれの良さがあり、一枚一枚趣向を凝らして製作されています。江戸時代の人々もその時々で手にできる多様な大皿を楽しんでいたのではないでしょうか。展示室には今回ご紹介できなかった大皿もございます。是非実物を見比べながら、大皿の魅力をご堪能いただければ幸いです。
(黒沢 愛)
【主な参考文献】
①東京大学埋蔵文化財調査室『東京大学本郷構内の遺跡 山上会館・御殿下記念館地点』1990/②東京都教育文化財団『東京都千代田区丸の内三丁目遺跡』1994/③荒川正明「大皿の時代 近世初期における大皿需要の諸相」『出光美術館研究紀要2』出光美術館1996/④出光美術館『大皿の時代展―宴の器―』同1998/⑤根津美術館『知られざる唐津 二彩・単色釉・三島手』佐川美術館2003