学芸の小部屋

2018年8月号
「第5回:青花 梅竹山水人物文 八角水滴」

 本年は暑さの厳しい夏となっておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 戸栗美術館では現在、『古伊万里植物図鑑展』(~9/22)を開催中です。伊万里焼には、植物を文様や形のモチーフとしたものが多くみられます。そこには、中国から吉祥の意味が伝わってきたものや、江戸時代の園芸文化の発展に伴うブームに後押しされたものなど、多彩な植物があらわされています。特に文様では、同じ植物をモチーフとしていても、カラフルな色絵と染付の青一色とでは描き方や印象が異なります。約80点の出店作品を、ぜひ比較しながらご覧くださいませ。

 さて、今月の学芸の小部屋は、朝鮮時代の青花磁器のなかから、「青花 梅竹山水人物文 八角水滴」をご紹介いたします。青花とは、中国や朝鮮での染付の呼び方(※1)。酸化コバルトを発色の主成分とした呉須顔料で絵付けを施したやきもののことをいいます。
 本作は側壁に梅と竹、上面に山水文をあらわした、八角に面取りされた水滴です。水滴とは、硯(すずり)に水を注ぐための容器。傾けることで、側面についた小さな注ぎ口から、少量の水を差すことができます。
 面をきっちりとった潔い器形ですが、手取りは重く、安定感があります。加えて、上面に厚く掛かった釉薬が、青花の青色と良く馴染み、柔らかい発色となっているのが特徴。シャープな器形ながらも、角のとれた上品さも兼ね備えている作品です。


 水滴などの書斎で使う道具類を文房具といいます。これらは、中国においては古くから愛玩するべきものとされ、特に文字を書く時になくてはならない筆・墨・硯・紙を「文房四宝」として大事に扱いました。また、これに付随する文鎮や水滴などの文房具も愛玩され、道具としての機能面に加えて、そのものの形や文様なども楽しまれたようです。こういった文房具の愛好は日本や朝鮮半島にも伝わりました。
 なかでも、儒教思想を重んじた朝鮮王朝時代には、白磁主義に垣間見えるように、装飾を排除した清雅なものが好まれました。特に文房具は両班(ヤンバン)と呼ばれる儒教思想に敬仰した高級官僚らの間で、社会的地位を象徴するものとして愛好されます。
 朝鮮半島の陶磁製の文房具に焦点を当てると、百済土器の硯や高麗青磁の筆架(ひっか)(筆を休めるための道具)などが見られますが、こと朝鮮時代後期(18世紀中期~19世紀中期)以降に多く作られるのが水滴です。この頃、燃料確保のために移転を繰り返していた官窯が分院里(ブノンリ)に落ち着き、安定した製磁環境を得ます。また、後期朝鮮文化の全盛期にもあたり、「瀟湘八景図」(※2)などの余白を大きくとった山水画が青花磁器にしばしば登場するようになるのも、この時期の特徴です。こういった背景のなか、水滴の生産が目立つのは、両班層の文房具需要が、安定した生産体制に後押しされたためでしょう。

 水滴は、少量の水を差すという機能面の性格からか、手なじみの良いサイズのものが多く、実用とともに手元に置いて賞玩されていたことが想像されます。そのなかでも、径12.7㎝の本作は水滴としてはやや大振りですが、それがかえって余白を活かした文様構成を引き立てているように感じます。
 例えば、側面の梅と竹は注ぎ口の下からそれぞれ左右に伸び、なめらかな筆遣いで描かれています。十分な余白を残して、かつ巧みな濃淡でそれぞれが描かれることで、冬の寒さのなかでも緑を絶やさない竹と、香り高い花を咲かせる梅の高潔さ、生命力をあらわしているかのよう。
 また、上面に描かれた山水文は一水両岸構図をとり、さらに下岸に人物を描くことで、遠くへ抜けていくような奥行きを感じさせます。本作も「瀟湘八景図」を彷彿とさせるような、いかにも絵画的な絵付け。ただし、焼成時に生じた釉の縮れが、運よく水景をあらわす余白の部分に生じていることで、水面の揺らぎをも感じることができそうです。これは絵画にはない、やきものならではの味わいといえるでしょう。

 本作にみられるような釉の質感や青花の調子は画像ではなかなか伝わりにくいものです。8/1から8/31まで出展いたしますので、ご来館の際は画像ではお伝えしきれない、作品の魅力を感じていただけたらと思います。

(小西)


※1 朝鮮の染付については「青華」「青画」などの言い方もあるが、本稿では「青花」とする。
※2瀟湘とは、中国・湖南省を流れる瀟水・湘水というふたつの河に基づく地名。これらが合流して洞庭湖にそそぐ地域をあらわす。この瀟湘の地の八通りの景観を、北宋時代(11世紀)の画家・宋廸が絵画にあらわしたのが「瀟湘八景図」である。

【参考文献】
尹 龍二『韓国陶磁の研究』(日本語監修・弓場紀知、翻訳・片山まび)淡交社 1998
赤沼多佳・伊藤郁太郎・片山まび 編『やきもの名鑑5 朝鮮の陶磁』講談社 2000
片山まび「第3章:韓国陶磁」(出川哲朗・中ノ堂一信・弓場紀知 編『アジア陶芸史』昭和堂 2001)
『目の眼No.496』株式会社 目の眼 2018

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