学芸の小部屋

2019年8月号
「第5回:染付 葦雁文 変形皿―型紙摺りの技法―」(展示期間:8月1日~8月31日)

 厳暑が続き、涼風が恋しい季節となりました。
 戸栗美術館では『青のある暮らし―江戸を染める伊万里焼―』を開催中。江戸時代の初めに佐賀・有田にて誕生した日本初の国産磁器である伊万里焼から、染付の青いうつわを中心にご紹介する、目にも涼しげな展覧会です。染付とは、呉須と呼ばれる酸化コバルトを発色の主成分とした絵具で釉薬の下に絵付けを施す技法。伊万里焼の生産技術が向上するなかで、様々な技法が登場します。

 今回の学芸の小部屋のテーマは、染付技法のひとつである型紙摺り。この技法は、文様を透かし彫りした型紙を器面に当て、その上から絵具を塗ると、型紙を剥がした際に透かし彫りにしておいた文様がうつわにあらわれるというものです。伊万里焼の産地である肥前地方では唐津焼などの陶器に白泥で文様をあらわす際に使用していた技法で、磁器である伊万里焼でも、白泥を使用した装飾技法として17世紀中頃には既に見られます。染付技法として登場するのは17世紀後半頃のこと。筆をとって文様をあらわすのではないため、線描に筆跡が残らず、印刷のような平面的な表現が特徴です。

染付 葦雁文 変形皿
伊万里
江戸時代(17世紀後半)
口径15.6×13.0㎝
戸栗美術館所蔵


 型紙摺りを用いた伊万里焼染付の作例として「染付 葦雁文 変形皿」を挙げて、その特徴をみていきます。本作は菱形を基調とした変形皿。地文様は内部に幾何学文様が入った菱形で埋め、 波で区切った窓内には二羽の雁が葦原で羽を休める姿が描かれています。地文様のパターンが均一であること、波文様や雁の身体などの輪郭線に型紙を抜き落とさないよう残した接合部分があり破線状となっていることなどが、型紙の使用を教えてくれます。

 型紙摺りは同じ文様を複数あらわすことができる技法ですが、線や塗りの全てに型紙摺りの技法を用いているのではありません。本作は五客で伝世していますが、前述の均一な地文様や破線状の輪郭線のみを抽出して重ねてみると、各個体の器形の歪みなどを鑑みても、葦の葉や雁の毛並み、 地文様に至るまで殆どぴったり揃うことなどから、線描に関しては見込全体に型紙を使用しているとみてよいでしょう。ただし、濃(だみ/塗り埋める技法)は、はみ出しや塗り重ねの有無など個体差が大きいことから、型紙で文様の輪郭線をあらわした後に個別に施したとみえます。濃部分以外にも、地文様の菱形部分の輪郭線には、本来接合部分として白く残る所に、後から丸文を筆で加えているのがうかがえ、型紙と筆描きを巧みに併用した丁寧な作例と言えます。

染付 雨文 六角猪口
伊万里
江戸時代(17世紀後半)
口径6.7㎝
戸栗美術館所蔵


 さて、型紙摺りが使える器種はなにも皿だけということはありません。猪口など小型の立ち上がった器形のものでも、型紙刷りの使用が確認できます。「染付 雨文 六角猪口」はその一例。雨の文様部分に型紙を使用することで、複数の個体に細やかな雨文を同じようにあらわしています。また、本作は五客で伝世していますが、そのうちのひとつは雨文様を墨弾き(すみはじき/白抜きにあらわしたい部分をあらかじめ墨で描いておき、その上から絵具をのせて焼成すると、墨の部分のみ焼け飛び白く残る技法)であらわしています。どうやら、型紙を器面に当てて本来絵具を塗り込む所を、あえて墨を塗り込み、型紙をはずした後に薄く絵具を刷いて焼成したようです。型紙刷りと墨弾きという染付の技法が同時にひとつのうつわに使用された面白い例です。

 このように複数のうつわに同じ文様をあらわしたり、他の技法と併用できたりと、使い勝手の良さそうな型紙摺りの技法ですが、意外にも18世紀前半に途絶えてしまいます。曲面に型紙を当てて、固定し、ズレないように気をつけながら絵具を載せていくのが、思いの外手間であったのでしょう。

 今回ご紹介した「染付 葦雁文 変形皿」は階段下ケースにて8月31日までの出展、「染付 雨文 六角猪口」は『青のある暮らし―江戸を染める伊万里焼―』(~9/22)にて出展中です。二つの型紙刷りの作品の精緻な文様をお楽しみいただければと思います。
(小西)


【参考文献】
仲野泰裕「近代の絵付型紙・銅版絵付」『印判手の意匠』町田市立博物館 1996
『柴田コレクションⅥ 江戸の技術と装飾技法』九州陶磁文化館 1998
『角川 日本陶磁大辞典』角川書店 2002
大橋康二『シリーズ「遺跡を学ぶ」005 世界をリードした磁器窯 肥前窯』新泉社 2004

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