学芸の小部屋

2020年4月号
「第1回:色絵 菊唐草文 皿―古陶磁の鑑賞―」

   街中のソメイヨシノに続き、当館の庭の枝垂れ桜もようよう蕾が膨らんできました。日に日に色づく庭の景色に、季節の移り変わりを感じる今日この頃です。
 当館では、次回展『戸栗美術館 名品展Ⅰ―伊万里・鍋島―』の展示を準備中。所蔵品の中から、江戸時代に九州の佐賀を中心に焼かれた日本初の国産磁器である伊万里焼、その技術を応用して作られた鍋島焼の名品を選りすぐって展示いたします。あわせて、それらの磁器が同時代で、あるいは近代以降で、どのように鑑賞されてきたのかをご紹介いたします。

 美術品の鑑賞、とくに古陶磁の鑑賞と言いますと、どのようにして良いのかわかりにくい、というお声をしばしば頂戴いたします。とにかくとっつきにくそう、専門用語が多い、そもそもどこから見るのが良いのかわからない……等々。確かに美術品としての古陶磁の鑑賞の歴史は明治時代にまで遡り、こんにちまで「鑑賞の手引き」や「見方」、「入門」などの言葉を冠した、多数の指南書が発刊されてきました。それらを全て見通すだけでも大変なことです。また、素材や技法、絵付け、歴史背景など、それぞれ異なる切り口から古陶磁鑑賞が紐解かれているために戸惑ってしまうこともあるかもしれません。何より、美術鑑賞とは作品と鑑賞者との「対話」であり、そこには「正解」も「不正解」もありません。しかし、それでまとめてしまっては元も子もありませんので、今回の学芸の小部屋では、試みとして、ひとつの作品から古陶磁の鑑賞を総合的に考えてみたいと思います。

ご紹介するのは「色絵 菊唐草文 皿」。まずは、作品をまっさらな状態で観ることから始めましょう。


 第一印象はいかがでしょうか。もちろん、その印象は受け取った人のもの。どのように感じるのも自由です。ちなみに、筆者はまず緑や青を基調とした色合いの中、赤色であらわされた花文様が浮かび上がって見えてきます。整った正円の内で正三角形を作るように均等に配置され、それぞれの間に赤で描かれたハート形の文様もアクセントに。合間は葉や蔓などで描き埋めて重厚感がありますが、中央部分は余白で、なおかつ縁の部分に淡い青緑色が入ることで抜けが生まれています。玲瓏たる白色に対して緑や青を主体としつつ少量の赤を効かせた配色、そして、丸いかたちを活かした疎と密の絶妙なバランス。洗練された作例と見て取れます。
 作品を前に、己の感じたままを受け止めることは、美術鑑賞における非常に大切な行為。感覚を研ぎ澄ませ、心を開いて作品と向き合う時間はかけがえのないものです。
 美しいものに触れる満足は十分に得られましたが、そこからもう一歩、作品鑑賞を深め、楽しみを増やすには、作品を分析し、様々な知識を追加していくのも効果があります。次に、「色絵 菊唐草文 皿」の特徴を下記の項目から整理してみましょう。

  • やきものの種類
  • 主文様
  • 従文様
  • 構図
  • 彩色
  • 筆致
  • 器種
  • 器形
  • 製作の背景や目的

 二次元に込められた芸術である絵画でも、彩色や構図などは鑑賞のポイントとして紹介されますが、器種や器形などは三次元の工芸品ならではの見どころ。表や裏、側面など、様々な角度から観ることも大切です。また、工芸品は基本的に使うものとして作られ、実用性を兼ね備えているというのも魅力。それぞれに深く掘り下げたいところですが、ここでは数項目に重点を置いて記述していきます。

  • やきものの種類:磁器
  • 主文様:菊唐草文(菊は長寿、唐草は永遠性を象徴するおめでたい文様)
  • 従文様:裏文様は七宝結文、高台文様は櫛目文

 この組み合わせは、磁器の中でも鍋島焼というやきものの典型例。鍋島焼とは、江戸時代に肥前国佐賀地方を治めた佐賀鍋島藩が徳川将軍家への献上品とするために創出した特別な磁器です。


  • 構図:中央白抜き
  • 彩色:染付の青、上絵の赤・黄・緑、釉薬の青緑(青磁)



  • 筆致
 江戸時代に作られたものですので、絵付けはすべて職人の手、筆によります。本作に引かれた輪郭線は肥痩がなく均一で、筆の入りや払いもほとんど強調されていません。絵画において線は作者の技の見せどころでありますが、本作の線描は極めて禁欲的。淡々と、しかし緊張感を持って引かれた一本一本の線が、全体の整然とした趣をも醸し出していると言えます。


  • 器種:皿
  • 器形:高い高台を伴う深い皿(木盃形)



  • 製作の背景や目的
 文献史料の研究、江戸時代の城跡や屋敷跡の発掘調査の結果から、鍋島焼は献上品として創出され、佐賀鍋島藩とゆかりのある大名家や公家などへの贈答品としても利用されたと考えられています。なおかつ、七寸(約21cm)以下のサイズの皿や猪口類に関しては、一客ではなく、数十客をあわせて組食器として扱われたよう。本作も五客で伝わっています。日本の組食器では、一枚一枚表情の異なる絵替りの場合もありますが、本作は器形や絵付け、いずれもほとんど差異が無く、整然と揃っています。

 幾つかの項目を掲げて紹介してきましたが、これらはあくまで鑑賞の手掛かりではあっても、作品の美的価値そのものではありません。今一度、作品鑑賞に立ち返り、解釈を加える必要があるでしょう。

 本作は、鍋島焼と呼ばれる献上や贈答のための磁器。当時の日本では、磁器を焼造できる生産地は少なく、貴重でした。それであるからこそ、献上や贈答の品として喜ばれたものと推測されます。白く清潔で、高温焼成のため丈夫な磁器は食器としても適していたのでしょう。白いキャンバスに載せた色は案外少なく、五色に絞られていました。献上や贈答という宿命上、失敗は許されません。やきものの絵具は焼いてみないと発色しない性質であり、それを使う上では、ある程度色数を絞っていた方があがりが良かったものとみられます。少ない色数の中で、小さな面積で載せた赤色の配色の妙が秀逸です。線に関しては、全てがきっちりとした描写。組食器としての完成度のために、一本一本の線の個性をあえて消し、均一に丁寧に線がひかれたのでしょう。これも鍋島焼というやきものの性格上、組食器であれば寸分違わぬことが大切で、職人の個性よりも組食器としての完成度を目指したためと考えられます。モチーフの菊唐草も、献上・贈答先の多幸を祈るものとして映ります。

 絵画のように作者がいる芸術作品では、そこに作者の思想や信念が込められ、作品を通じて作者やその人が生きた時代を知り、時に時代を超越する美を感じることができます。しかし、鍋島焼のような古陶磁は、一人の作者の手によるものではありません。複数の人々の手を経て生み出されるものです。そこに映し出されるのは個性ではなく、時代という直接的な世相。筆者は、古陶磁鑑賞の醍醐味は知らなかった時代や世界に触れ、感性や知性という自分の田畑を耕すことにあると考えていますが、是非遠い時代に想いを馳せて、新たな視点で美を発見していただければ幸いです。

(黒沢)


《作品情報》

色絵 菊唐草文 皿  鍋島
江戸時代(17世紀末~18世紀初)
口径15.2cm


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