学芸の小部屋

2020年8月号
「第5回:作品の裏面からわかること」

 展覧会を構成していると、どうしても裏面を見せたい作品が出てきます。当館では展示ケース内に鏡を入れたり、キャプション(作品の説明文)の横に裏面の画像を貼ったりして、なるべく出展作品の全面をご鑑賞いただけるよう工夫して展示しています。今月の学芸の小部屋は『戸栗美術館 名品展Ⅰ―伊万里・鍋島―』出展作品のなかから、「色絵 葉文 葉形皿」の裏面に注目します。

 

 本作は古九谷様式の祥瑞手(しょんずいで)の作例。古九谷様式とは17世紀中期に有田の技術革新の際に登場した上絵付けの技法を用いる初期の色絵様式です。そのなかでも祥瑞手は染付の青または上絵の赤で輪郭をとり、上絵の赤・黄・緑で賦彩したタイプのことを指します。中国・明時代崇禎年間(1628~44)に景徳鎮窯(けいとくちんよう)で焼成された祥瑞に倣って幾何学文様を多用するのが特徴です。本作も祥瑞に見られる丸で囲んだ唐花文や四方襷(よもだすき)文が丁寧な筆致で描かれています。
 裏面は上下に花唐草、左右に渦文、高台に櫛目文、高台内には福銘があらわされています。本稿では、左右に染付で描かれた渦文に注目。上絵の赤で塗られているため判然としませんが、中央の丸を渦ないしは塗りつぶしであらわし、それを囲むように4つの白丸が描かれています。
 

 裏面にこのような渦文を描いたやきものは、中国・明時代天啓年間(1621~27)頃に焼造された古染付や天啓赤絵などが挙げられます。ポイントは両者とも17世紀に日本にもたらされたやきものであるということ。
 17世紀初頭に朝鮮半島から技術を得て焼造がはじまった伊万里焼ですが、初期の作例には中国風の文様を持つものが少なくありません。特に景徳鎮窯の古染付や天啓赤絵、中国・福建省の漳州窯(しょうしゅうよう)で焼造された呉須手(ごすで)のやきものから主文様や器形の影響を受けていることは既に指摘されているところであり、中国陶磁への強い憧れが垣間見えるようです。

 ちなみに、現在出展はしておりませんが、「染付 花鳥文 鉢」や「染付 山水独釣文 皿」など、初期伊万里のなかでも裏面に渦文が確認できるものがあります。




 初期伊万里は素朴な作風で素地も分厚く、文様も自由闊達です。端正な作例が多い古九谷様式の祥瑞手とは真逆の性格をもっています。そうであっても、今回取り上げた裏文様のように類似する部分もあり、古九谷様式が初期伊万里を経た上で登場した様式であることを気づかせてくれます。同時に、祥瑞手の作例からは引き続き中国陶磁から影響を受けていることが窺えるでしょう。

 余談ですが、中央の渦文を四つの丸で囲う文様を「宝文」と称することが多いようです。特に中央に渦を伴うものを宝文、中央が白丸ないしは黒丸のものは丸文などと呼びわける場合もありますが、文様の意味は判然としません。恐らく、中国の吉祥文様の八宝(雑宝)のひとつである宝珠、ないしは七宝や菱を簡略化したものとみえます。

 本作のように作品の裏面には意外な情報が隠れていることもあります。 ご来館の際には、ぜひ鏡で裏面までご鑑賞ください。
(小西)


【参考文献】
『17世紀の景徳鎮と伊万里』佐賀県立九州陶磁文化館1982
大橋康二『古伊万里の文様』理工学社 1994
西田宏子・出川哲朗『明末清初の民窯』中国の陶磁10 平凡社 1997
『寄贈記念 柴田コレクションⅥ 江戸の技術と装飾技法』佐賀県立九州陶磁文化館 1998
『古九谷』出光美術館 2004
大橋康二・荒川正明『初期伊万里展 染付と色絵の誕生』NHKプロモーション 2004
『仙台市文化財調査報告書第282集 仙台城本丸跡1次調査一石垣修復工事に伴う発掘調査報告書―第3分冊 出土遺物編』仙台市教育委員会2005
矢部良明等編『角川日本陶磁大辞典 普及版』角川学芸出版2011
『古染付と祥瑞―日本人の愛した<青>の茶陶―』出光美術館 2013
『山武能一コレクション 初期伊万里展』石洞美術館 2014
『古染付-このくにのひとのあこがれ かのくにのひとのねがい』石洞美術館 2017
善田のぶ代『古染付と祥瑞 その受容の様相』淡交社 2020

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