学芸の小部屋

2020年12月号
「第9回:染付 東海道五十三次文 皿」

 今月の学芸の小部屋は、「染付 東海道五十三次文 皿」をご紹介いたします。



 本作は見込に歌川広重(1797~1858)の浮世絵「東海道五十三次」の意匠を双六状にあらわした大皿です。右下の縁から中心へ向かって渦状に、江戸の日本橋から京都の三条大橋まで全ての宿場が描かれています。
 「東海道五十三次」は言わずと知れた名作で、歌川広重の名を世に知らしめた作品です。特に天保5年(1834)に江戸の版元である保永堂から出版された「東海道五十三次」(以下「保永堂版」と称す)は絶大な人気を誇り、その後多くの「東海道五十三次」を描く契機となりました。現在広重の「東海道五十三次」で最も親しまれているのは「保永堂版」ですが、その他にも天保後期に成立する「狂歌入東海道」や「行書東海道」、弘化4年(1847)成立の「隷書東海道」、同年から嘉永5年(1852)成立の「美人東海道」、嘉永5年(1852)の「人物東海道」、安政2年(1855)の「竪絵東海道」などに加え双六版も複数あり、画家が長期にわたって同じ題材を、手法を変えながら描いています。「東海道五十三次」は十返舎一九『東海道中膝栗毛』の流行や旅ブームの影響もあって長く人気のあったテーマだったのでしょう。
 江戸時代の浮世絵は商品として流通したものです。売れるとわかれば繰り返し制作されることは想像に難くありません。前に出版したものを参考にすることもあったでしょうが、画家が同じ題材で複数の作品を異なるテーマで制作する苦労は想像を絶します。

 さて、ここでふと疑問に思うのが、本作に描かれている「東海道五十三次」は、どの版を参考にしたのかということ。うつわに描かれている55駅を広重の「東海道五十三次」のうち、「保永堂版」、「狂歌入東海道」、「行書東海道」、「隷書東海道」、「美人東海道」、「人物東海道」、「竪絵東海道」と比較したところ、殆どの駅の構図やモチーフが「保永堂版」と近似することがわかりました。



  ただし、上図のように「保永堂版」を手元に置いて写したにしては、あまりにも省略が進みすぎています。また、どの版本とも構成が合致しない駅もあり、「保永堂版」を軸にして、双六版や今回比較に使用しなかった別の「東海道五十三次」を参考にしてデザインされたものと考えられます。
 そもそも、双六版だけでも多数出版されているのですから、双六状に描くのであれば、双六版の「東海道五十三次」を元に、丸いうつわの器形に合わせた文様構成をとれば良いのではないでしょうか。そうであるにもかかわらず、「保永堂版」の図案を採用したのには、この版の性格を見直す必要がありそうです。
 「保永堂版」は広重が一番始めに手掛けた「東海道五十三次」。大版横サイズで55枚揃いの本作は、基本は風景版画であり、巧みな構図で各宿場の名所を描いています。加えて川を渡って先を急ぐ人々(嶋田)や茶屋で休む人々(鞠子)など、絶妙な人物配置によって進んだり休んだりする旅の展開を双六のように楽しむことができます。また、先に挙げた他の版と「保永堂版」を比較しても、取り上げる場面や構図の違いが明らかです。「保永堂版」は名所の風景を描きつつ、画中の人物を通して観者も旅をしているような、あたかも現地の様子を撮影したスナップ写真のような情趣に富んでいます。

 恐らく当時一番流通していたのも、一番始めに作られ、かつ他の版よりも臥遊を楽しめる「保永堂版」であったと考えられます。広く人々の目にふれた「保永堂版」は、文様として簡略化しても特徴さえ捉えていれば一目でわかりやすいモチーフだったのではないでしょうか。また、「保永堂版」と合致しない駅について、例えば「日本橋」などに関しては、大皿の見込に割り付けた小さな窓内に描くには、あらわしにくかったとみえ、他の「東海道五十三次」や双六版などからインスピレーションを得たと考えます。



 ちなみに、「東海道五十三次」などを題材とした双六は旅の疑似体験ができる遊びとして、旅ブーム只中の江戸後期の人々に親しまれました。本作は、流行の「東海道五十三次」と「双六」どちらも文様に取り入れた、最先端のうつわなのです。

(小西)



【参考文献】
小野武雄『江戸の遊戯風俗図誌』展望社1983
白石克編『慶應義塾高橋誠一郎浮世絵コレクション 広重東海道五十三次 八種四百十八景』小学館1988
高橋順二『日本絵双六集成―新訂版―』柏美術出版株式会社 1994
山本正勝『絵すごろく 生いたちと魅力』芸艸堂2004
永田雄次郎「歌川広重『東海道五十三次』(保永堂版)管見」(『人文論究 第53巻4号』 PP.1-16 関西学院大学2004)
前田詩織「広重描く東海道」(『版画芸術 No.172 2016夏』PP.68-69 阿部出版 2016)

【図版出典】
歌川広重「東海道五十三次」(保永堂版)
(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1307523?tocOpened=1)国立国会図書館デジタルコレクション
歌川広重「東海道五十三次道中細見双六」(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1310715?tocOpened=1)国立国会図書館デジタルコレクション
歌川広重「五十三次名所図会」(竪絵東海道)日本橋(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1309751)国立国会図書館デジタルコレクション


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