学芸の小部屋

2021年2月号
「第11回:色絵 花文 油壺」

 まだまだ寒さの厳しい今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
 さて、現在『たのしうつくし古伊万里のかたちⅡ―ハイライト―』の予定会期中ではございますが、当館では新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け、臨時休館とさせていただいております。皆さまにおかれましては、ご不便をお掛けいたしますことお詫び申し上げます。少しばかりではございますが、今月の学芸の小部屋では同展の展示品より「色絵 花文 油壺」(図1)をご紹介させていただきます。



 丸く開けられた窓の中に、金色の花が一輪。周囲は花弁の帯文様が交差する中を赤地に金色で蔓文があらわされています。高さ7.2㎝、胴部の最大径は10.7cmと、掌サイズの可愛らしい伊万里焼です。

 最も特徴的であるのは、大きく垂れ下がった格好の胴部と小さな口部という扁平な形状。一般的に、胴部の最大径に対して狭い口径を持つ袋状のうつわは「瓶」と呼ばれますが(図2)、本作のような器形のうつわには「油壺(あぶらつぼ)」(「壺」は背が高く広口のうつわの分類名称)の名が与えられています。



 なぜ、「瓶」状であるのに名前に「壺」が付くのでしょうか。うつわの用法とあわせて見ていきましょう。

 名称に含まれるもうひとつの漢字、「油」が示す通り、こうしたうつわは油を保存しておくための容器でした。本作が作られた江戸時代、油は生活において欠かせないものであり、料理用や灯火用など様々な種類がありました。本作のようなうつわに入れるのは、次の草双紙(図3)が示すように、主に髪に使うための油であったようです。



  鏡台に向かって座る女性の髪を、女髪結(おんなかみゆい/江戸時代、女性の髪を結うことを生業とした職人)が櫛でまとめている場面。鏡台の上に、油壺が載っているのが確認できます。

 江戸時代は髪形のおしゃれが流行った時代です。男性は身分に応じて様々に髷(まげ)を結い、女性も長く続いた垂髪(すいはつ)から離れ、兵庫髷や勝山髷、島田髷など数十種の髪形が考案されました。こうした新たな髪のおしゃれを支えたのが、髪油です。

 髪に対して用いる油は、大きく今で言うところのヘアワックス(鬢付油/びんつけあぶら)と、ヘアオイル(水油/みずあぶら)の二種類がありました。江戸時代の風俗や事物が書き綴られた『守貞謾稿』(喜田川守貞/嘉永6年(1853)序)には、「梳る始、水油或はすき油を付てすき櫛にてすき垢を去り、後にびんつけを以て髪毛を堅む也」とそれぞれの用途が記されています。先に鬢付油について述べますと、これは菜種などの油と蝋を混ぜて作る固練りの油のこと。同様の役割を持つものとして、18世紀末頃までは鬢水(びんみず)と言ってサネカズラから作る粘り気のある水を櫛に付けて使っていましたが、髪形が技巧的に複雑になるにつれ、よりセットする力の強い鬢付油が主流になりました。対して、水油は綿にしみ込ませて髪に塗るもので、艶を与えたり、汚れを落としたりするために用いる油。胡麻油や菜種油、胡桃油、椿油などが使われ、『守貞謾稿』には「昔は水油に貴人は胡桃油、市民は胡麻油を用ふ」とあり、ランクがあったようです。そして、この水油を入れる容器こそが油壺です。

 髪を健やかに保つために油を塗る行為は貴人の間で古くから行われており、また油を入れる容器である油壺も『今昔物語集』第31大和国箸墓語第34に「女櫛の箱開て油壺の中を見給うに……」と登場するなど、その歴史は長いようです。平安時代頃の装束が書きあらわされ、江戸時代にも多くの写本が流布していた『雅亮装束抄』には、「あぶらつぼにあぶらわたいれて」とありますので、綿の上に油を垂らすのではなく、油壺の中に綿そのものを漬け込んでいたと考えられています。つまり、本来油壺の口部は油綿が通れるくらい広かったということ。まさに「壺」らしい形状であったと考えられます。

 さらに、『婚礼道具図集』(日本古典全集刊行会1937)所収の「婚礼道具諸器形寸法書」(岡田玉山1793)には、形状と寸法が記されており、より明確に本来の姿がうかがえます(図4)。「油壺」「高五寸」「口径二寸一分」とありますので、口径が6~7センチはありそうです。これもまさに「壺」の形状であるといえるでしょう。



 しかし、江戸時代の伊万里焼で油壺に分類されるものは、胴部が大きく張り、口部の狭い「瓶」状。江戸前期には高さがあり、胴部の膨らみが丸いのに対して、時代が下ると胴部の下膨れの度合いが強くなるという多少の器形の変化は見られるものの、口部または頸部は一貫して狭めです。草双紙など資料でも同様のかたちの油壺が確認できることから、一般的にはこの形状が油壺として定着していたことがうかがえます。
油の種類によってもランクがあったほどですから、大切な油をこぼさぬように、一度にたくさん使い過ぎてしまわぬようにとの生活の知恵でしょうか。江戸も末期になると香料を加えた髪油も流行しますから、香りが飛びにくいというメリットもあったのかもしれません。

 今回取り上げましたのは油壺という掌サイズのうつわですが、こうした小さな什器が江戸時代の人々のおしゃれを支えていたことがうかがえます。本作のように、上絵の赤や金彩でふんだんに絵付けがされてあるものでしたらより一層、身だしなみを整える心も浮き立ったことでしょう。自らの容姿を整えるだけでなく、そのための道具の見た目にもこだわりたいのは、今も昔も変わらないかもしれません。

(黒沢)



【参考文献・URL】
・『雅亮装束抄』(国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/より、最終確認日:2021年1月17日)
・『今昔物語集』近藤圭造1882(国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/より、最終確認日:2021年1月16日)
・喜田川李荘『類聚近世風俗志』(原名守貞漫稿)日本図書センター1977
・英一太『油壺の用と美』北辰堂1995
・『九州陶磁の編年―近世陶磁学会10周年記念―』九州近世陶磁学会2000
・菊地ひと美『江戸おしゃれ図絵 衣装と結髪の三百年』講談社2007
・「伊勢半本店紅ミュージアム通信」43伊勢半本店2017


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