学芸の小部屋

2021年4月号
「第1回:色絵 盆山文 皿」

 4月に入り、暖かい日も多くなりました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

 さて、当館では現在『至福のうつわ―江戸の日々を彩った古伊万里―』を開催中。伊万里焼を通じて江戸時代の人々の至福のひとコマを垣間見る展覧会です。江戸時代は身分制度や種々の法令など制約の多い時代ではありましたが、一方で、政治や社会の安定、経済の発展を背景に豊かな文化が育まれた時代でもありました。展示室では食文化や花見の人気、旅の隆盛などを挙げていますが、これらは江戸文化のほんの一部。今回の学芸の小部屋では、本展示ではご紹介しきれなかった江戸の楽しみを取り上げます。



 四ツ足の長方形の台座に、二つの石が置かれた様子を描いた本作。盆などに石を据えて水を注いだり、砂を敷いたりして山水の景を表現したものを、盆石(ぼんせき)と呼びますが、それを主題としています。

 口縁部は平らに折り返して鐔縁(つばぶち)とし、6つの窓のほかは上絵の赤による鹿の子文の地文様で埋めています。白地の多い見込をくっきりと縁取るさまは、さながら額縁入りの絵画のようです。赤色の地文様を敷き詰める装飾は、伊万里焼の海外輸出が開始されて間もなくの1650年代から70年代にかけてよく用いられました。そのほか、くすみのない白い磁肌や薄造りの器形、高台内のいわゆる「誉」銘なども、同時期の伊万里焼の特徴です。




 そして、折しもこの時代は、伊万里焼で「盆山」(ぼんさん)のモチーフが流行した時期と重なります。盆山とは、石に苔を付けたり、小さな草木を植え付けたりして、山水の景をあらわしたものです。

 現代で言う「盆栽」は陶磁器の鉢などに植物を栽培して、姿形を整えて自然の雅趣を表現し、鑑賞するもの。そのルーツは中国で唐時代までにはじまる「盆景」(ぼんけい/鉢に木を植え、山水樹石の景を表現するもの)にあるとされ、日本では鎌倉時代から室町時代にかけて五山十刹や武家を中心に盆山や「鉢木」(はちき/植木鉢などの容器に植えた草木)が大きく展開したと言います。江戸時代は、後期になれば鉢植えをはじめとした園芸文化が身分に関わらず広く楽しまれるようになり、中国趣味から流行した煎茶文化とともに現代の「盆栽」の原型が形成されたと言います。

 しかし、本作が作られた江戸時代前期はまだ大名をはじめ上流階級の人々のものでした。当時の歴代徳川将軍は草木の愛好家としてのエピソードで知られ、諸大名は珍しい樹木の鉢植えを献上していたと言います。以降の『徳川実紀』(徳川幕府の公記録)にもしばしば盆山や鉢木の献上の記録が残されました。また、江戸時代初頭の作という20余りの盆山をあらわした屏風も見られるなど、文化の定着ぶりがうかがえます。

 そして、17世紀後半には工芸品の文様としても人気を得たようです。延宝2年(1674)に刊行された着物のデザインブックである『御所雛形』には、「盆山に棕櫚竹(しゅろちく)」として次の意匠が紹介されています。



 ここで「盆山」として表現されているのは、草木を石に付けて山水の景を表現する「石付き盆栽」。紅葉と松がそれぞれ根付けられています。1650年代から70年代頃の伊万里焼にも、石付き盆栽を表現したと思われる作例が多々見られ、流行の意匠であったことがうかがえます。

 そこで、今一度本作を見てみましょう。二つの石のうち、右手の石の影に、笹状の植物が見えます。



 さらに、肉眼でも見えにくく、写真ではなおのことで恐縮ですが、盆山の上部にうっすらと松樹の描かれていた痕跡が見えます。釉上に残る跡ですので、上絵で松樹があらわされていたのでしょう。



 つまり、本作は今では盆石だけがくっきりと見えていますが、かつては松樹を伴った石付き盆栽文、つまり盆山文であったと推測されます。当館に収蔵された時点ですでに現在の状態になっていましたので、どんな色で松が描かれていたのか、何故それが消えてしまったのかあるいは消されてしまったのか、残念ながら今となっては分かりません。しかし、現在の姿で盆石をメインに楽しむも良し、または松のほかにも伊万里焼に見られるような椿や撫子の石付き盆栽を心の中でイメージして自分だけの盆景を楽しむも良し。作品の前でしばし物思いに耽るのも至福のひと時かもしれません。

(黒沢)



【参考文献】
・岩佐亮二『盆栽文化史』八坂書房1976
・丸島秀夫『日本盆栽盆石史考』講談社1982
・出光美術館『柿右衛門と鍋島』同2008
・依田徹『盆栽の誕生』大修館書店2014
・依田徹『盆栽』KADOKAWA2015
・早稲田大学會津八一記念博物館『石を愛でる―盆石書画の世界―』同2018
・佐賀県立九州陶磁文化館『柴田夫妻コレクション総目録(増補改訂)』同2019


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