学芸の小部屋

2021年8月号
「第5回:色絵 人物船遊文 皿」

 日ごと陽光強まり、夏らしくなってきました。
8月号と9月号の学芸の小部屋は、2号連続で「色絵 人物船遊文 皿」をご紹介いたします。



 花咲く岸辺と、人物が乗った船を水辺に描いた意匠の皿。17世紀後半に成立する色絵の輸出磁器である柿右衛門様式の作品です。左右非対称の構図に余白を大きく取り、遠くに城郭を描いた奥行きのある絵画的な絵付けが、丁寧な筆致で施されています。

 本作は口径24.6㎝ですが、『古伊万里の重さを見る展覧会』に口径20.6㎝の同意匠で同じ形の作品を出展中です。また、同じ意匠の作品は他館にも認められます。ひとつは田中丸コレクションの口径22.9㎝のもの、もうひとつはドレスデン州立美術コレクションの口径20.3㎝のものです。なお当館には他にも同じ文様で器形も同じかつサイズのみ異なる作品として「色絵 竹虎梅樹文 輪花皿」を所蔵しています。それぞれ口径24.3㎝、21.8cm、19.3㎝と、サイズ感も本作と似ているのが特徴です。



 こうした作品は、輸出当時の西欧向けに作られた一群とみえます。絵画資料や現存する作品などから17世紀から18世紀頃にかけての西欧の食卓では、口径20㎝から25㎝程の浅い皿と深い皿を使用していたことが窺えます。特にナイフやフォークを使用する場合には、扁平な皿であった方が食事をしやすかったと考えられます。
 また、西欧では大きさの違う皿に同じ意匠を描いたものをディナーセットのように揃えて使います。こうしたテーブルウェアの発想は現代にも受け継がれており、輸出当時の西欧の食卓の皿も同じ文様で統一されていたことが考えられます。
 一方、江戸時代に日本国内で消費された伊万里焼にも、同意匠で同じ形の作例が見られますが、サイズも同じ物を数十客程揃えます。これは江戸時代の日本の食卓が膳式であり、食事を共にする人数分の御膳や折敷に載せるのに同じ大きさの皿が沢山必要であったためです。また、少し深めの膾皿や手のひらサイズの手塩皿、長皿等、膳に載せるために必要な形は様々。このような国内外の食卓事情を鑑みると、同じ形で大小異なる同意匠の皿は、国内に向けてというよりは、輸出先の西欧の食卓での使用が考えられるでしょう。もちろん、西欧向けに作られたものであっても国内で買い手が付けば国内で使用されたでしょうし、海を渡ったのち、王国貴族の居城を飾るのみで実用に供されなかったかもしれません。それでも大きさ違いのものが現存する作品からは、日本と西欧の食文化の違いを垣間見ることができます。

(小西)



【参考文献】
・前田正明 櫻庭美咲『ヨーロッパ宮廷陶磁の世界』角川書店2006
・大橋康二『日本磁器ヨーロッパ輸出350周年記念 パリに咲いた古伊万里の華』日本経済新聞社2009
・大橋康二 鈴田由紀夫 古橋千明編集『柿右衛門様式磁器調査報告書 欧州篇』九州産業大学 柿右衛門様式陶芸研究センター柿右衛門様式磁器調査委員会2009


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