学芸の小部屋

2022年3月号
「第12回:色絵 獅子文 鉢」

 梅のつぼみが膨らみはじめ、春も目前。今月も『古伊万里幻獣大全展』(会期:2022年1月7日~3月21日)より、本展に入れられなかった作品をご紹介していきます。 今月の作品は「色絵 獅子文 鉢」(図①)。特に側面に描かれた麒麟文に注目いたします。


 麒麟は古代中国で四霊のひとつに数えられる仁獣。仁徳のある王者や聖人が出現した時のみあらわれると言います。頭は羊、尾は牛、蹄(ひづめ)は馬、体は鹿で五色の毛が生えるとされます。頭頂部には先端に肉のついた一角を戴き、他を傷つけない慈愛の徳(仁)を備えた霊獣です。
 中国では前漢末(紀元前5世紀頃)には出現していたとされ、日本へは8世紀頃には伝わっていたようです。しかし日本の麒麟像は時代を経るにつれて一角が双角に、体が鱗で覆われたものなどのヴァリエーションが見られます。吉祥の動物としてあらわされていくうちに、より瑞獣らしい特別な容姿となったと考えられます。

 伊万里焼の文様の中から麒麟を探す場合には、鹿のような身体、一本角、先端部分が毛で覆われた尻尾などの特徴から判別していきます。しかし共通する表現のなかで、作品毎に少しずつ違いもみられます。ここでは細部を比較するために、戸栗美術館所蔵の麒麟が描かれている古伊万里を3つのタイプに分類しました(表①)。前述の麒麟の特徴をよく捉えたタイプ(A)は、体は鱗で覆われ、鬣(たてがみ)を持つのが特徴です。より鹿に似たタイプ(B)は、身体に鱗がないことや、ほっそりとした体付きなど、他のタイプよりも鹿の特徴が見られます。背中に甲羅をもつタイプ(C)は(B)と大きく差はありません。ただし、背中に背負った甲羅は大きな特徴として挙げられるでしょう。



 改めて本作の麒麟の特徴を見ると、(C)タイプに分類できるでしょう。このタイプの表現、実は水犀(すいさい/参考画像)の特徴をいくつか捕らえています。



 水犀は水中を出入りする犀の一種。鼻の頭に長い角、額に短い角をもち、背皮には珠甲(じゅこう)という亀の甲羅を背負っています。中国では犀の角が解毒や毒味に用いられており、角の粉末は辟邪の効能があるとされました。作品数としては多くはないのですが、日本では『鳥獣戯画』(平安時代後期12世紀 京都・高山寺)や俵屋宗達「波に麒麟図杉戸絵」(元和7年(1621)以降 京都・養源院/作品名は麒麟図とあるが、描かれているのは水犀と考えられている)、日光東照宮の彫刻など、主に社寺の彫刻などで水犀を見かけます。波間を駆ける姿であらわされることが多く、その姿は麒麟と似ているものが散見されます。
 表①(C)タイプの麒麟の特徴をもう少し見ていきましょう。左側に図示した麒麟は、鬣や髭のある堂々とした表情が特徴。威厳のある表情からこちらは麒麟とみてよいでしょう。
 一方、本作の麒麟(右)は優しい表情をしています。犀は温厚な性格の動物であることを鑑みると、この部分だけを見るのであれば、麒麟ではなく水犀の可能性も捨てきれません。しかし、陶磁器の文様は他の文様との組み合わせが重要です。うつわの側面全体を見てみると、ともに描かれているのは瑞雲、鳳凰、宝珠、とめでた尽くしの文様であることに気がつきます。文様の組み合わせから考えると、本作に描かれているのも、麒麟とみて良いでしょう。

 なぜ麒麟の表現にこうも幅があるのでしょうか。そもそも麒麟は想像上の動物で「角がある」「鹿のような動物」であること以外は時代とともに姿形が変化してきました。また、やきものの場合には注文主の趣味やたまたま何かで見かけた水犀を麒麟と勘違いしたなども考えられそうです。あるいは中国陶磁からの影響も考えられます。本作の麒麟文のように、足の細い馬が駆けている姿は中国・明末期に景徳鎮民窯で作られていた古染付の「海馬文(波間をはしる馬の文様)」を彷彿とさせます。
 細かな決まりがない幻獣であるからこそ、少ない伝世例の中だけでも様々な表現が見られるのかもしれません。

(小西)



【参考文献】
斎藤菊太郎『陶磁大系 第四四巻 古染付 祥瑞』平凡社 1972
西田宏子・出川哲朗『中国の陶磁 第十巻 明末清初の民窯』平凡社 1997
野崎誠近 著 監修・解説 宮崎法子『吉祥図案解題―支那風俗の一研究―』ゆまに書房2009
善田のぶ代『古染付と祥瑞 その受容の様相』淡交社 2020
内山淳一『めでたしめずらし瑞獣珍獣』パイインターナショナル 2020

デジタル資料
橘守国『絵本写宝袋』享保5年(1720)刊行(http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200015290/)
『日本古典籍データセット』(国文学研究資料館蔵)提供:人文学オープンデータ共同利用センターhttp://codh.rois.ac.jp/
最終閲覧2022/2/27


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