学芸の小部屋

2022年6月号
「第3回:鍋島焼の青磁獅」

 一雨毎に、空気がだんだんと夏めいてきました。皆様、お変わりございませんでしょうか。

 今月の学芸の小部屋は、開催中の『開館35周年記念特別展 鍋島焼―200年の軌跡―』にちなんで、鍋島焼の青磁獅子を取り上げます。複数の青磁獅子を所蔵しているのは戸栗美術館の特徴のひとつ。所蔵の7点を造形に注目してご紹介いたします。
 鍋島焼の青磁作品には皿や鉢のほか、繊細な細工を施した置物や香炉などがみられます。特に獅子や麒麟、鳳凰などをかたどった作品は、厚くかけられた釉薬の上からでも精緻な造形がわかる優品が現存しています。



 ※青磁作品は撮影環境やカメラの機種等によって発色に差違が生じます。また、本稿で使用している画像は撮影日時や環境が同一ではございません。予めご了承ください。

 一口に獅子と言っても様々な形姿のものがみられます。造形的な特徴を以下のようにまとめました。


 戸栗美術館収蔵の鍋島焼の青磁獅子は、形姿や肉球の有無など様々。また、体毛の表現は特に文様を施さないものと、「( )」文様を施すものがありました。後者は大川内鍋島藩窯跡から陶片が出土しています。これに加えて、前足の表現も当館が所蔵しているものだけでも3種類あり、ポージングから細部の装飾に至るまで多種多様です。
 その中で、収蔵品B、Cは特によく似た姿をしています。首の角度や釉色、櫛状の道具で彫られた毛並みなど細部に若干の違いはありますが、巻毛の数や前足の表現など基本の造形は共通しています。恐らく、同じ形の土型を使用して作られたのでしょう。



 土型を使用して立体物を作る行為は、江戸時代に有田周辺で作られていた伊万里焼に確認ができます。有田の赤絵町遺跡から出土した婦人像の土型はその一例です。鍋島焼は伊万里焼の技術を基に誕生していることから、立体物を作る際の方法として土型を使用した型押し成形の技法が取り入れられている可能性は十分に考えられます。特に内部を空洞とした立体物は、粘土塊を直に彫刻したり、内部を刳りぬいたりするよりも、型に粘土を押し当ててパーツを作り、繋ぎ合わせる方が製作の効率はよさそうです。しかし、大川内鍋島藩窯跡からは青磁獅子の陶片は出土していますが、土型は確認できていません。また、収蔵品についてもG以外は継ぎ目の確認が出来ませんでした。その一方で、藩窯での型の使用を想像させる資料が存在しています。

 1975年から1976年にかけて佐賀県伊万里市大川内町の樋口家に保存されていた江戸末期から明治頃まで使用されたと思われる多種多様の土型、木型、石膏型などが調査されました。そのなかに「大殿様 御用 水入」銘の入った「二四弁菊花型水入」の成形用土型や、「嘉永3年(1850/嘉は草冠に口口) 戌十一月冨文」の紀年銘がある「四角隅切鉢」成形用土型(冨文は藩窯の焼成に携わった本手伝い窯焼のうちのひとりである富永文右衛門と推察されている)ものなど藩窯の御細工場で使用されていたと推察される土型が一部混入していることが明らかにされました。
 また、調査では、年代は不明ですが、唐獅子の雌型が確認されていると言います。加えて雌型を作るための原型(元型)のなかに玉取獅子もみられるとのことです。こうした資料の存在から獅子の置物や香炉を製作するにあたって、藩窯の細工場で土型を使用していたことが想像されるでしょう。

 鍋島焼の青磁獅子はいつから作られていたのか。その土型は何パターン作られていたのか。まだまだ謎の多い青磁獅子ですが、その形姿は上体を低く構えた姿の一群が目立ちます。こうした姿の青磁獅子は他館収蔵品や1917年から1940年頃までに出された売立目録などにも複数確認できます。
 獅子は辟邪の動物。咆吼をせんと構える姿は青磁獅子の定番ポーズだったのかもしれません。

(小西)



【参考文献】
伊万里市教育委員会『大川内山鍋島藩窯跡発掘調査概報 第4次調査』同1977
吉永陽三「伊万里市大川内山民窯樋口家土型について」(『佐賀県立九州陶磁文化館研究紀要1』pp.43-60)佐賀県立九州陶磁文化館 1986
鍋島藩窯研究会『鍋島藩窯―出土陶磁にみる技と美の変遷―』同2002
佐賀県立九州陶磁文化館『寄贈記念展 旧高取邸を飾ったやきもの―炭鉱王のもてなしの器―』同2007
九州産業大学柿右衛門様式陶芸研究センター編『柿右衛門様式研究―肥前磁器 売立目録と出土資料―』九州産業大学21世紀COEプログラム柿右衛門様式陶芸研究センター売立目録研究委員会2008
兵庫陶芸美術館『型が生みだす、やきものの美―柿右衛門・三田―』同2010
神村英二・小木一良『通観 鍋島青磁 初期から末期まで』創樹社美術出版2012
佐賀県立九州陶磁文化館『特別企画展 将軍家献上の鍋島・平戸・唐津―精巧なるやきもの―』同2012
神村英二・小木一良『続 通観 鍋島青磁』創樹社美術出版2014
佐賀県立九州陶磁文化館『開館40周年記念・寄贈記念 特別企画展 高取家コレクション』同2020


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