学芸の小部屋

2022年9月号
「第6回:西欧の風景を描いた古伊万里」

 少し暑さが和らいできましたが、未だ残暑が厳しいこの頃、お変わりございませんでしょうか。開催中の『開館35周年記念特別展 古伊万里西方見聞録展』(~2022年11月6日)では輸出時代の伊万里焼を中心に約80点を展示しております。
 17世紀後半からオランダ東インド会社を通じて西欧に向けた伊万里焼の輸出事業が本格化します。東西の感性が交錯した魅力溢れる作品が数多く海を渡っていきました。今月の学芸の小部屋では、出展中の伊万里焼の中から「染付 風景文 輪花皿」(図1)をご紹介いたします。

 3人の人物がいる風景が見込に描かれた皿。左側の柵の前には2人の人物が、右側には牛を連れている人物が描かれ、いずれも特徴的な鐔付きの帽子を被っています。左側中景には1本の木、遠景の丘の上には教会と思われる建物、右側には灯台と家屋、遠くに船の帆柱が確認できます。恐らく港近くの風景なのでしょう。
 低く定められた地平線に見込の上半分を空が占める構図、右上に広がる印象的な雲など、17世紀のオランダで描かれた風景画の特徴を示した異国情緒を感じさせる作品です。さらに、墨弾き(すみはじき)によってあらわされた波文の縁文様と輪花とした口縁が額縁のよう。風景文があたかも1枚の絵画のように引き立てられています。



 本作の類品は出土品を含めて日本国内外で複数確認されています。加えて、十角皿や稜花皿、広縁の皿などの器形違い、文様の微細なパターン違いや簡略版なども見られ、ヴァリエーション豊かです。さらに、オランダ・フロニンヘン博物館所蔵品や出島の出土品には碗の外側面に類似文様を描いた作例などが確認されていることからも、同文様の伊万里焼が、器形や器種、パターンを問わず、17世紀末から18世紀前半にかけて積極的に作られていたことが窺えます。

 こうした西洋風景画風の文様は、オランダの風景画家であるフレデリック・ファン・フライトム(Fredereik van Frytom/1632~1701)が手掛けたデルフト製の陶器が手本と考えられていることから、「フライトムスタイル」とも呼ばれています。
 「フライトムスタイル」の伊万里焼の中でも、オランダ・フロニンヘン博物館やイギリス・シャーボーン城に伝世している作例には、類似例としてオランダ・アムステルダム国立美術館所蔵の同形で見込に風景文を描いたフライトムデザインのデルフト陶器の広縁皿(図2)が確認されています。残念ながら、広縁のデルフト陶器の皿で、「フライトムスタイル」の伊万里焼の風景文と完全一致する作例は見当たりませんでした。しかし、広縁皿の見込に描かれた種々のモチーフや構図などは近似しています。加えて、同形別文様の作例でデルフト陶器の器形、文様をそのまま写した作例も確認されていることから、「フライトムスタイル」の伊万里焼製作の背景には、デルフト陶器の見本の存在が示唆されます。



 輸出時代に、オランダ東インド会社から伊万里焼の注文をする際に、木製や陶器(デルフト陶)製の見本が提供されていたことは、研究史の中でしばしば指摘されています。こと、「フライトムスタイル」の見本については、2つの可能性が考えられます。ひとつは、完全一致のデルフト陶器。ふたつめは、先述のような近似のデルフト陶器。後者はこれらを基に、日本で文様のアレンジがされたことも考えられます。江戸時代に作られた伊万里焼には、中国画譜から文様を抽出し、再構成した例が知られています。異国の雰囲気は残しつつ、描きやすいモチーフのみを抽出した可能性もあったのではないでしょうか。 いずれの見本であっても、フライトムの手がけた作例はどれも細密であり、細部まで描き写すのは骨の折れる作業であったことでしょう。また、東洋的な美的感覚に慣れ親しんだ陶工たちには、オランダ風景画特有の光の表現や奥に抜けていくような遠近感を完璧に写し取ることは難しかったと想像します。そのような中で、オランダの風景画の特徴をしっかり捉えた構図には頭が下がる思いです。

 現在、「フライトムスタイル」の伊万里焼の類例は、オランダの所蔵が目立ちます。こうもオランダ風景画をモチーフとした伊万里焼が求められたのには、オランダの時代背景とも関わりがありそうです。 17世紀のオランダでは風景画が聖書や古典を主題にした作品の背景や場面設定といった副次的な扱いから絵画の一ジャンルとして確立しました。1648年にスペインからの独立を叶えたことで、日々の生活への愛着や自国へのリスペクトの一端として郷土の風景や日常を描いた作品が好まれたと考えられています。従来、最も重要視されてきた寓意画や歴史画を差し置いて、風景画は最も重要なジャンルとなりました。その後、18世紀には共和制の動揺やイギリスやフランス、プロイセンといった周辺の強国に圧されて衰退の道をゆっくり進んで行きます。

 本作のようなオランダ風景画をモチーフとした伊万里焼が製作された背景には、オランダでの風景画需要が背景にあったと想像します。これらは構図やモチーフの簡略化やアレンジにも段階が見られることから、17世紀末から18世紀前半にかけて継続的に生産されていたことが窺えます。本作の製作年代を鑑みると、緩やかに国家衰退の不安が募っていくような情勢の中、万難を超えてもたらされる東洋磁器のなかでも、自国の風景や暮らしを彷彿とさせる文様はいっそう好まれたのかもしれません。

 今一度作品に立ち返れば、素朴で優しい筆遣いの日本磁器の中に、オランダ風景画の長閑な気風を内包した独特の雰囲気が感じられます。一つの作品の中に輸出時代ならではの西欧と東洋の対話が垣間見えるようです。

(小西)



【参考文献】
樋口かじ子編集『オランダ・ハーグ市立美術館所蔵品を中心とした陶磁の東西交流展 : 有田・デルフト・中国の相互影響』有田ヴイ・オー・シー1993
神戸市立博物館所蔵『阿蘭陀絵伊万里とびいどろ・ぎやまん展―江戸のオランダ趣味―』福山市立福山城博物館1998
佐賀県立九州陶磁文化館『古伊万里の道』同2000
大橋康二『日本磁器ヨーロッパ輸出350周年記念 パリに咲いた古伊万里の華』日本経済新聞社2009
大橋康二 鈴田由紀夫 古橋千明編集『柿右衛門様式磁器調査報告書 欧州篇』九州産業大学 柿右衛門様式陶芸研究センター柿右衛門様式磁器調査委員会2009
幸福輝編集『17世紀オランダ美術と<アジア>』中央公論美術出版2018

【画像出典】Bord van faïence met landschap
https://www.rijksmuseum.nl/nl/collectie/BK-NM-12400-34


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